インプラント(人工歯根)

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 昨年の秋のことになるが、物を食べているときに、下顎の奥歯に違和感を感じた。歯に力が入らないのである。そこで近所の歯医者さんに行ったところ、奥歯のブリッジの片方の橋脚に相当する歯がおかしいのではないかという。そこは橋桁の起点に当たる所で、そのとき撮ったレントゲン写真には上部しか写っていなかったが、念のためと言って歯の全体が写るように改めてレントゲン写真を撮ってみると、歯の根っこの部分の二本の足に黒い縁取りが出来ている。歯周炎から、もしかすると歯髄炎にもなっているではないか。「これでは、遅かれ早かれこの歯は抜かなくてはいけませんね。」と言われてしまった。「その抜いた後はどうなりますか?」と聞く私。「そうですね。歯列の一番端ですから、ブリッジにはできないので、入れ歯か、もしくはインプラントということになりますね。」という歯医者さん。いや、これはとんでもないことになったと思いつつ、「考えさせていただきます。」と言って、家に帰り着いた。

 入れ歯などは絶対にしたくない。さりとてインプラントも、半年ほどかかるというし、下手な歯医者にかかると下顎の神経や血管を傷つけられて大変なことになったという話をよく聞く。いずれにしても私にとって未体験ゾーンに入って行くことになるので、じっくり調べなければと思っていたところ、娘が帰って来た。そういえば、この子の大学には歯学部もあったと思い出し、医者の繋がりでインプラントの専門家を知らないかと聞いてみた。すると、心当たりがあるという。それから2〜3日して二人の歯医者さんを示されたので、そのうち、近くて通いやすい方の歯医者さんを紹介してもらうことにした。


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 昨年の9月、診察の予約をしてもらってその歯医者さんに行ってみたところ、先生も信頼を置けそうだし、診療所もなかなか良い雰囲気だったので、ここに決めた。顎の構造によっては、インプラントが難しい人もいるというので、まずは顎全体のレントゲン写真を撮って、それを見ながら説明をしてもらった。すると何とまあ、顎の奥に横倒しになった親知らずがあるではないか。これにはびっくりした。歯肉に隠れているから、全く気が付かなかった。しかもそれが問題の歯を圧迫していたので、それが原因で歯髄炎になったようなのである。念のため、その歯の被せ物を取ると、あららその中もボロボロになっていて酷いのなんのって・・・これでは抜くしかない。ちなみに、大人の歯の骨はもう伸びないが、親知らずを含めて歯だけは例外で伸びていくそうだ。確かに、歯で噛むことによって歯は磨り減っていくから、どんどん伸びていくことがDNAで運命付けられているのだろう。ところが、普通の歯は噛合する相手の歯があるし食べ物を毎日噛んでいるからそれでよいが、親知らずの場合は相手の歯はないし食べ物を噛むわけでもないから、結果的に伸びる一方となって、今回のように健康な歯まで犠牲にしてしまうことがよくあるのだそうだ。

 そこで、これを抜くとなると、隣の歯のないところと相まって2本分の隙間ができるが、その隙間にインプラントの歯が2本入るかどうかが検証の対象になる。レントゲン写真を専用のソフトで解析しながら説明してくれる。
「まず親知らずとの距離ですが(と言ってソフト上で仮装の歯を持ってきてそこに落とし込み)、うん、何ミリあるから、十分に間隔をとってインプラント歯を1本入れられます。」とのこと。しかもその間に歯の骨の仕切りのような部分があるから、親知らずとの関係では、まず大丈夫だという。もう1本のインプラント歯と正常な歯との距離も十二分にあるから、これも全く問題ないとのこと。よしよし、ここまではクリアーした。次は、顎の骨の構造である。まず歯の方向に沿って縦に撮ったレントゲン画像では、正常な歯列に沿ってインプラント歯を入れられることが分かった。最後の一番大事なチェックポイントは、顎の骨の厚さである。なぜかというと、顎の骨が薄いとインプラント歯の根っこ(アタッチメント)が顎の骨の下部にある血管や神経の通るパイプに達してしまい、大変な事態を引き起こすらしい。私の場合、歯が乗っている顎の骨の上からそのパイプまでは12ミリであるのに対して、インプラント歯の根っこ、つまり土台(フィクスチャー)の長さは最低7ミリあれば良いので、十分に合格だという。ただし本番では、念のために余裕を持たせて8ミリにすることにした。なるほど、このように画像と実測値を示されながら、仮装の歯の画像を入れて説明されれば、誰だって納得すると思う。

 もう、この辺りでかなり理解したが、画像ではいまひとつわからなかった点を聞いてみた。まず、「このインプラントは、何年持つのですか」という質問には、
「追跡調査をやってみたら、14年後でも約94%の人が問題なく使えていました。」というのである。次にお値段であるが、ざっといえば、1本につき50万円という数字が示された。正確にいえば、インプラント歯は、その根っこに当たる「ねじ山の付いた土台(フィクスチャー)」、土台と歯を繋ぐ「中間構造体(アバットメント)」、一番上に被せる「人工歯」の3つに分かれるが、前2つの値段は変わらないものの、最後の「人工歯」の部分はその材料によってかなり値段が異なるようだ。それを一番良いもの(ジルコニア)にしてもらうと、全体で1本当たり50万円である。とても高いが、14年以上も自分の歯のように使えることを考えれば、まあそんなものかもしれない。ところで、これはどこの製品かと聞いてみたら、定評のあるスイスのストローマン社製のものだそうだ。それなら安心であるし、手術が1回で済むらしいから、ありがたい。

 そういうことで、納得した。早速、悪い歯を抜いてもらい、その抜いた跡が自然に治癒されるのをおよそ2ヶ月と1週間、気長に待った。その間、2本の奥歯がないせいで食べ物を噛む位置を無意識に動かそうとして、つい舌を噛むというハプニングが2回もあって痛かったが、これは致し方ない。そうこうしているうちに、いよいよインプラントの土台(フィクスチャー)を埋め込む日が来た。要は、歯肉を切開して顎の骨を剥き出しにし、そこへ2ヶ所の穴を開け、それぞれ土台を埋め込むのである。麻酔はしているが、ドリルが顎の骨に食い込んでいくのを感じた。それを2本分やって終了した。とりわけ、画像通りに正確にその位置とその深さに穴を開けないといけないから、かなりの高度なテクニックを必要とする手術である。これこそ、歯医者の腕の見せ所だろう。慣れている先生でないと、事故が起こるわけだ。患者は、その穴のところを化膿させないように緑色の口腔洗浄薬で一日数回うがいする。これは、歯を抜いたときと同じである。途中で経過を診てもらったが、化膿せずに順調に土台が顎の骨に覆われて定着してきていた。私は元々、骨密度が高い方なので良かったが、それが低い人の場合はスカスカで、こういうときには問題があるそうだ。

 それから更に2ヶ月半経って、やっとインプラントを入れる日が来た。2本の土台(フィクスチャー)という橋脚をまたぐブリッジになる。それぞれにネジのトルクに掛かる力を注意しながら締めていき、最後にそのネジ山を光硬化樹脂で固める。そして、上の歯と噛み合わせを調整して、完成だ。レントゲン写真を見ても、異常はない。舌でその出来上がったインプラント歯の側面を触ると、ツルツルしていて誠に感じが良い。食べ物を口に入れて、その歯でおそるおそる噛んでみたが、何の違和感もない。とりあえず、成功したようだ。

 さて、これからのことだが、インプラント治療を行った場合には、毎日、歯間ブラシで歯垢を掃除すること、そして定期的にメンテナンスを行うことが必要だという。歯間ブラシでの掃除の方は自分で行い、歯と歯の間にデンタルフロスを入れるだけではなくて、橋桁の下を直線のワイヤーにブラシが絡み付いているタイプの極細のもので掃除しなければならないそうだ。また、メンテナンスは歯科医院で行い、フィクスチヤーの周囲に炎症は起きていないか、人工歯のネジが緩んでいないか、噛み合わせに問題がないか等を定期的にチェックするものだという。頻度はと聞くと、最初の1年は3〜4ヶ月に1度、2年目以降は1年に1回程度で良いそうだが、もともと歯のクリーニングのために、それくらいは通うつもりでいた。

 ということで、期せずして、サイボーグ人間になってしまった。しかし、これくらいで驚いてはいけない。近い将来、iPS細胞を利用して自分の身体の外で内臓を作り、自分の内臓が調子悪くなると、それを丸ごと入れ替えるという時代が来るかもしれない。






(2015年2月18日記)


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ロボット・レストラン

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 私の同世代の友人たちは、そろそろ第二の定年を迎え、文字通り「趣味に生きる」タイプの人が増えてきた。ゴルフやテニスといったアウトドア派もいれば、海外旅行、碁や将棋、俳句、歌舞伎、お酒の会を主催するカルチャー派もいる。暇で良いなと思うが、そこは日本の高度成長期を支えた戦士たちなので、そこまでやらなくとも良いのにと思うほどに、何でも真面目に取り組んでいる。最近の流行についてもアンテナを張り巡らせ、その感度も高い。ある時、カルチャー派の一人が、妙なことを言い出した。「歌舞伎町にロボットレストランなるものがあるそうだが、行ってみないか。最近の世相探訪だ。ちょうど新宿近辺で次の食事会があるから、その後だと都合が良いだろう。何でも、外国人観光客で大賑わいだそうだ。」それを聞いた我々が思ったのは、ロボットに給仕されるレストランである。何でそんなものが新宿にあるのだろう。「皆で食事の後で、またレストランというのは無駄ではないか。」「いやいや、お弁当程度しか出ないそうだし、そんなもの注文しなければいいらしい。そもそもこれは、一種のショー、レビューだよ。」との由。訳が分からないまま、その場にいた者がともかく「まあ良い。面白ければそれで結構。任せる。」と言って、衆議一致した。

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 さて、その集まりの当日、さっさと早目に食事を切り上げた参加者は、歌舞伎町の少々猥雑な通りを歩き、開始時刻30分前にそのレストラン前に立った。非常にどぎついサイケデリック調のペインティングや装飾が施してある。これは、いささか場違いの所に来たかという後悔の気持ちも芽生えたが、確かに周りは外国人観光客ばかりである。ざっと見渡したところ、お客の8割程が外国人観光客だ。カップルが多いが、少し大きな子供連れのファミリーもいる。後からそのうちの一人に聞いたら、「旅行ガイドブックに、日本へ行ったら絶対に行くべきだと書いてあったから来た。」とのこと。ははぁ、事前の噂のとおりだ。料金を支払った後、3階に案内される。待合室は、もう何というかド派手な装飾で、天井にはびっしりとLEDがはめ込んであって目がチカチカする装飾だし、椅子は金ピカだし、周囲の壁はテレビ画面とサイケデリックな絵が描かれている。あまつさえ、設けられている舞台には、仮面ライダーのような衣装のバンドが演奏している。テレビ画面では、喫茶店かレストランのようなテーブルと椅子に腰掛けているお客に、サイボーグ姿のウエイトレスが料理を運んでいるシーンもあった。だからロボット・レストランなのかと思ったが、しかし一方では野外でアマゾネスのような女性群が馬に乗っているシーンもあるという調子で、訳が分からない。

 開始時刻近くになると、地下のレストランへと案内されたが、その途中の階段やエレベーターのドアにも、ピカピカの装飾があるから、そんなものに見とれていると、足を踏み外しそうになる。注意しながら階段をやっとのことで降りて、会場に入り指定された席に着く。長四角の暗い空間で、長辺のところに片側3段で段差を付けて観客席があり、それが向かい合っている。席の数は、ざっと数えるとこちら側と向かい側で120から130席はありそうだ。観客席の背中は全てテレビ画面となっていて、舞台に合わせて映像を映し出すから、奥行きを感じさせる。観客席は二人掛けで、大学の大教室によくあるような、ごくごく小さなスペースのステンレス製のテーブルがある。だから
、とっても狭い。指定された番号の席に、やっと身を沈めた。観客が何人かそこで窮屈そうにお弁当を食べている。さあ、これから、何が始まるのだろうか。

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 時間になった。ドドドーンという和太鼓の音が鳴り響く。すると、二階建ての山車の二階部分に、それぞれ白と緋色の連獅子衣装をまとった2名の男性と5名の女性が現れた。もう一台の方は、6名全部が女性だ。いずれもあたかも歌舞伎の隈取りをしたような顔で、赤や白の髪もあれば虹色になっている髪もある。歌声とともに太鼓を激しく打ち鳴らし、眼の前の舞台をゆっくりと行ったり来たりする。山車の一階部分には、大きな顔でやはり歌舞伎風の・・・いや京劇風の隈取りをしたものが二つ、こちらを見ているようにゆっくり廻る。それがカラフルだから非常に目立つ。観客は、皆呆気にとられたように見つめる。ああっ、また別の一人の連獅子がピカピカ光るドラムを叩きながら来る。合計3台になった山車に加えて、龍の舞が出てきた。中国正月に横浜中華街でよく披露される、あれである。持ち手の男性たちは龍の頭と胴体を軽々と上下に動かしながら舞う。龍と山車が相前後するように舞台を往復してひとしきり打ち鳴らした後、舞台の袖へとあっという間に引っ込んで行った。歌舞伎のような中国の京劇のような、はたまた中国正月のような、もう、いったい何なんだこれは・・・そうか、これは考えてはいけないのだろう。ただただ、派手めの演出で観客を喜ばせてくれていると思えばそれでよいのだ。

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 おやおや今度は暗く蒼く光る中を、法螺貝を吹き鳴らして、武者の亡者の行列のようなものが出てきた。些か気味が悪いと思ったら、それを吹き飛ばすように、明るく光る山車が出現して、踊り子さんたちが陽気に踊り狂う。和服を着て和傘をさした踊り子さんもいるので、和風のテイストも感じられる。いやはや派手だ。その次は、近未来的な演出となる。ゆっくりと前後に動く2匹の大きな馬に跨がり、二人の女性が歌を歌い、その周りをまさにロボットのようなスタイルの踊り子が狂おしく踊り狂う。照明がすごい。数本まとめて並行に走るレーザー光線で、それが踊るロボットに当たるとピカピカ反射して光るから、いかにもそれらしい。あっという間にそれが終わると舞台は一転して、真ん中にボクシングのリングのようなものが作られる。そこで、漫画に出てくるような無骨なロボット戦士が、赤い大きなグローブをはめて闘う。これまた、派手なパフォーマンスだ。観客の一人にも参加させた。その外人女性はロボット戦士をリング際まで追い詰めて、一発で仕留めていた。すごいパワーだ。高々と手を挙げると、観客席はイェーイなどと大騒ぎで興奮の坩堝と化す。なかなか憎い演出である。

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 その興奮が覚めやらぬうちに、舞台は突然、近未来のような、物語の世界のようなものに変わる。未来から来たという怪物と、森の精のような女性たちが闘うという筋書きらしい。最近のアメリカ映画でアンジェリーナ・ジョリー主演の「マレフィセント」にも同じようなストーリーがあったが、蜘蛛や蛇や鮫の上に乗って女性たちが闘う。途中でパロディーのようなキングコングとモスラを思わせるものが出てきたりした。我々日本人には馴染みがあるが、外国人観光客は、わかったかどうか。あらら、侵略者の戦車が出てきてガトリング砲みたいなものを発射し、蛇と闘って蛇が撃退したようだ。総じてこれは、漫画とコスプレの世界だから、真面目に筋などを追うべきではないのかもしれない。

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 まだまだ続く。うわっ、今度こそロボットが出てきた。もう、何というのか、上半身だけだが、顔も頭も身体もピカピカと光りまくる赤いロボットの前に二人の女性が乗って、歌を歌っている。かと思うと双頭のロボットが動き回り、緑と赤の光を発して光る腕を動かす。時々聞こえてくる「ボーッ、ボボーッ」という船の汽笛のような音が、いかにも非現実的な不思議な感覚を生じさせる。おやおや、これはいった何といえばよいのか、大きな蛇型のロボットが現れた。口を開けたり閉じたりしながら滑らかな動きで眼の前を通り過ぎたと思ったら、妖しく青く光る輪が連なった胴体がそれに続く。それに合わせれるが如く、どういうわけかアベマリアの歌が歌われ、いやはやもう、もの狂おしく妖しけれという雰囲気とでも表現するほかない。

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 ああっ、スター・ウオーズに出てくるダースベイダーの手下の兵隊みたいなロボット・・・といってもこれは着ぐるみだと思うが、本物のロボットのように、空間を何本もの平行線で貫くレーザー光線の中をカクカクと動いている。それにしても、ロボットがよく出来ているので感心するばかりだ。でも、更にまた凄い女性型ロボットが出現した。赤茶色やブロンドの髪で、白人女性の上半身を持ち、踊り子さんたちを両腕に絡ませて動いて来る。その迫力に、外国人観光客たちは大騒ぎ。貰った光るペンを振り回して、まるで舞台と一心同体になったかのごとく歓声が上がり続ける。

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 これで90分間、一人7千円。高いと見るか、安いと見るか。少なくとも外国人観光客には、ロボット、漫画、コスプレ、最新技術と、日本のものを一挙に見られるから、値段相応のショーではなかったかと思う。では、日本人にはどうかというと、ううーん・・・我々のような年寄りが喜んで行くようなところではないのは確かである。でも私にとって特にロボットは、かつて好んで観たアメリカのテレビ番組「スタートレック」に出てくるサイボーグ人間に似ていたので、妙な話だがそれだけで親近感が湧いてきたし、そもそも私はメカ大好き人間なので、見ているとまるで童心に帰ったような思いがした。だから白状すると、結構・・・いやいや・・・とても面白かったとだけ言っておこう。






 ロボット・レストラン 2015年(ビデオ)

 ロボット・レストラン 2019年(写 真)










(2015年 2月11日記)


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