無線LANとiPhoneの新OS6

バッファローの無線ラン親機


1.無線LAN親機

 自宅にあるバッファローの無線LAN親機が、やや不安定になってきた。通信がときどき滞るようになってきたからである。いったん電源を引き抜いて、また接続すれば戻るのだが、以前はそんなことはごく稀なことだった。また、一昨年にiPhone 4を購入したときに、そもそもiPhoneなるものがなかった時代から存在する自宅の無線LANに接続するのに四苦八苦し、結局、暗号の強度をやや下げてようやく繋ぐことができた。実はそれも気になっていて、暗号を早くWEPからWPAにしたい。そんなことを思いながら、有楽町のビック・カメラ内を歩いていたところ、よさそうな製品があった。バッファロー製品で、「WZR-450HP」という無線LAN親機が山積みになっていたからである。しかも、10,500円と、思ったより安い(アマゾンの通販では、8.980円)。従来の1.5倍の伝送速度だし、Windows 7の64bitと、iPhoneやiPadにも対応している。前回苦労したiPhoneとの接続も、AOSS2というものを使って簡略に行えるという。しかも、10台くらいまで接続できるというのだから、これは良いと思って、そのまま買って帰った。

 最初にiPhone 4Sを接続しようとした。まず本体のボタンを押して、サインを点滅させ、その間に!AOSS2というものでセキュリティの外で繋いでiPhoneの画面上に所要の画面を出させ、その中の一連のボックスに所定のコードを打ち込むと、自動的に設定してくれる仕組みである。一昨年のときのように、そもそもiPhoneを自宅の無線LAN親機に繋ぐという珍しいこと試そうとする人があまりいなかった時代だったから適当なマニュアルもない中、ネットで接続方法をくまなく調べた結果、ようやく繋げることが出来た。今回はそれから時間が経っているから既にマニュアル化されている。だから、そんなバカバカしいことは全く必要なくなり、難なく繋がって、拍子抜けしたくらいである。こんなことをしていては、ただでさえ頭を使わなくなった人間は、文字通り馬鹿になるのではないかと思うくらいである。これだと、暗号方式がWEPだWPAだといっても、その意味すらわからないではないか・・・。

 私のiPhoneと家内のiPhone、そしてiPadは、今回こうして!AOSS2というものを使って、難なく接続できた。次いで、自宅のWindows 7(64bit)パソコンとの接続の番である。まず私のパソコンについて、バッファローの無線LAN親機の暗号なしのポイント!AOSS2に接続した。それから、暗号付きの接続ポイントに繋げるためにInternet Explororを立ち上げよと説明書にあったから、その通りにしたが、あれれ・・・おかしい・・・説明書にあるコードを打ち込む画面がちっとも出てこない。何回か試したところ、突然その画面が現れた。それにコードを入れてみたら、やっと接続できた。これで一件落着である。次に新しく買って今日届いたばかりの家内のパソコンも、同じ手順でできるはずだと思ってやってみたが、あらら、これもおかしい・・・そもそも!AOSS2すら接続可能になっていない。このパソコンは、ひょっとして初期不良かとも思ったが、よくよく考えてみたら、そもそもこのパソコンの無線LANが動いていないのではないのかと思いついた。それはあたかも家電製品を買ってきて、電源コードを差していないのに、電源ボタンを押しても動かないと騒いでいるようなものである。でも・・・パソコン上には、無線LANを動かすそれらしきボタンはない。私は普段から説明書なぞ読まない主義なのだけれど、ここでようやく説明書をみると、無線LANをオンにするには「Fn」ボタンと「F2」ボタンを同時に押せとのこと。ああ、これはボタンを省略したソフト的なスイッチなのだ・・・そう思ってこれらを同時に押したところ、画面上に「無線LANに接続」と出た。コストを安くするために、そういうボタンは省いている機種らしい・・・意外なことがわかった。あとは一気呵成に、私のパソコンと同一の手順で繋げることが出来た。これで良しと・・・。

バッファローの無線ラン親機にアイホンを繋いだときの速度


 現在、無線LAN親機は、順調に動いている。上部に3本のアンテナがあって、てんでばらばらの方向に向けると、それがまるで昆虫の頭みたいだから可笑しくなる。そこで、この3本のアンテナをいずれも垂直に立ててみた。そうすると、今度はあまり面白みがない。うまくいかないものだ。しかし、こういう機械は、形もさることながら、ちゃんと動いていてその性能を発揮しているかどうかで評価される。安定的な通信に加えて、速度が早いかどうかが問題だ。そこで、速度を計測してみることとした。その前提として、FTTHとして私の家に来ている光ファイバーの速度はどうかというと、それは公称最大100Mpsである。この光ファイバーに今回買った無線LAN親機を繋げているわけであるが、通例こういう場合には、公称速度の3分の1くらい出れば十分である。パソコン上で測定してみたところ、平均35Mbpsまで出ていた。やはり、3分の1くらいだから、十分に機能していることがわかる。次にWifiでiPhone4Sに繋げて測ってみたところ、こちらもダウンロード40Mbps、アップロード33Mbpsだったので、これなら、十分に満足できるスピードである。というわけで、この無線LAN親機は回線速度の性能を十分に発揮していることがわかった。


2.iPhoneのOS6

 iPhone5が8日前に発売された。私の持っているiPhone4Sについても、そのOS5をOS6にアップデートせよという表示が出た。それで、まず自分のパソコンにiPhone4Sの内容をバックアップしてから、アップデートを試みたのである。そうするとアップデートそれ自体は、小1時間ほどで終わった。意外と速い。確か前回、前のOS5では、OSを4から5へと切り替えたとたん、アイコンの順序と配置がバラバラとなって、それを元の姿に戻すのがひと苦労だったことを思い出しつつ、ホームボタンを押して、事の首尾を確かめた。ところが案に相違して、今回の切替えでは、アイコンの配置は、ほぼ元のままだったので、大いに安堵した。ただ、ひとつだけ違ったのは、pass cardというアイコンが最初の画面の右下片隅に出現して、それをクリックすると「搭乗券、チケット、ショップカード、クーポン」などと出てくる点である。どうやら、docomoのおサイフケータイみたいな機能らしい。これが突然出現したために、最初の画面から、アイコンがひとつだけはみ出してしまった。そのアイコンは、次の2番目の青い波が打ち寄せている画面にポツリとアイコンが浮かんでいる。それはあまり使わなかったアイコンなので、それを別の画面に持っていった。すると、それで解決した。

 次に、今回のOSのアップデートで、これは良くなったとつくづく思うのは、iTunesのアプリのアップデートがしやすくなった点である。OS5のときはアップデートがあるたびに、いちいちApple IDのパスワードを打ち込む必要があった。それも、ほぼ毎日のように続くので、うんざりするくらいに、とても煩わしかった。ところが、今回のOS6への改訂を契機にその煩わしい作業がなくなって、楽になった。

アイホンのアップル地図とグーグル地図との対比〜羽田空港付近の対比


 以上のような点では非常に良くなった。今回のOS6の優れた点である。ところが、従来のGoogleマップに替えて、Appleが独自に作った地図はひどい。これは大きなマイナスである。既に新聞などで報じられているが、たとえば羽田空港の中央は「大王製紙」となっている。また、アイルランドのダブリンでは「エアフィールド(Airfield)」という名の単なる農場が、飛行場と表示されていて、大臣は緊急時に飛行機が誤って着陸しようとするかもしれないから、早く直すべきだと言ったそうだ。それは深刻な問題であるが、今のところ私が気付いたもので人命にかかわるようなものはない。しかしそれにしても、建物の表示や地下鉄の出入口の番号の表示がほとんどされていないのは、この種の地図の威力をひどく減殺するものだ。とりわけ、今度のAppleマップにはそれが何の建物かがさっぱり書かれていないから、何にも分からない。これも、地図として全く役に立たない点である。一例を挙げれば、私が普段仕事で行ったり来たりを繰り返している千代田区霞ヶ関地区では、下の地図にあるように、Appleマップでは、道路とそれに囲まれた区画しか描かれていない。しかしGoogleマップでは、その区間内の建物は何省で、その形までわかるし、ストリートビューを見ればその建物の実際の姿だけでなく、周囲のビデオまで見られるのだから、大きな違いだ。大人と幼児くらいの差異がある。グーグルは日本のゼンリンと提携しているようだから、こうした地図作成のノウハウがそのまま生かされているように思える。それに対し、Appleマップの方は、とてもお粗末である。地図に情報がさっぱり埋め込まれていない一方で、どうしてこんなにしつこく書いているのかと思うのは、レストランとコンビニの表記である。地図上に、それらばかりあるという妙なことになっている。まあ、こんな調子では、地図を作るのは、30年早いのではないか。

アイホンのアップル地図とグーグル地図との対比〜霞ヶ関付近の対比


 ということで、これだけは以前のGoogleマップに戻したい。そこで、どうしようかと考えた末、とりあえずSafariでGoogleマップを出してみたところ、どのようにしたのかは細かくは覚えていないほど早く、そのままGoogleマップのアイコンをiPhoneの画面上に作ることが出来た。要するに、Googleのマップを立ち上げると、英語で「このアプリケーションをあなたのiPhoneにインストールするか」と聞いて来るので、ただそれをタップするだけである。同じようにGoogleマップに戻りたいと考えている人が多いらしい。でもこの地図は、完全に以前のGoogleマップと同じではない。たとえば、「連絡先」中のアドレスをタップすると、以前のGoogleマップではなく、Appleマップが出てきてしまって、これが本当に使えない。いちいち相手先の住所をコピー&ペーストしないといけない。何とかならないものかと思っている。



(2012年 9月29日記)


カテゴリ:エッセイ | 20:09 | - | - | - |
男親の大奮闘

お台場から都心を望む


 お昼、近くのレストランにひとりで食事に行ったところ、「やぁ」という明るい声とともに、私に向かって手を振る人がいる。同級生のAくんで、会うのは数年ぶりだ。「おやおや、こんなところで・・・お久しぶり。元気そうだね。」といい、彼の座っているテーブルの向かいに腰を下ろした。ここは彼が良く通う定番の食事処で、私が注文した魚料理は、昨日、彼が食べたものだそうだ。

 すぐに近況の話となる。なかでも、家族とりわけお互いにひとりずついる男の子と女の子の、二人の子供のことが話題にのぼった。私の家では、数年前に上の娘が結婚をして初孫がいるし、昨年秋には下の息子が結婚したばかりである。彼のところも似たような状況で、昨年は上の男の子が結婚し、今年の初めには下の女の子がやっと結婚してくれたそうだ。実は私は、この女の子と同じ職場にいたことがあって、美人であり、かつその才女ぶりは良く知っている。ところが年賀状の季節になっても、なかなか姓が変わらないのでどうしているのかなと案じていたが、これで納得した。

お台場から都心を望む


 しかし、ここに至るまでには、男親としての、彼の涙ぐましい努力があったのである。男の子は、東京の大学を出た理系の技術者で、関東地方のある県に勤務している。ところが東京都内で結婚相手を見つけようとしても、結婚後はその県に住むことになるというその地名を聞いただけで、「お断りします」ということになる。そういうことが幾度もあって、本人は「もう結婚しなくても良い」とまで言うし、それをまた説得し・・・などという騒ぎを何度も繰り返してきたそうだ。そこで、うかうかしていると40歳に近くになるという年回りになるに及び、親としてかなり焦っていたところに、たまたま実家近くの小学校の先生から「こういうお嬢さんがいるのだけれど・・・」という話が舞い込んだ。

 これを逃すと、もう後がないという切羽詰まった状況で、また県の問題が頭をよぎった。そこで彼が考え付いた方法というのは、両者の勤務先の中間からちょっと都内寄りの埼玉県に住まいを定めるということだった。これで、お嫁さんの方は、相変わらずの通勤時間で、結婚前と同じように都心の勤務先まで通えるというわけだ。このアイデアが効いたのか、話はとんとん拍子にまとまり、晴れて華燭の典を迎えることが出来た。その結婚式の写真を見ると、なるほどお似合いの二人である。お嫁さんの方は、ただいま妊娠中で、来年初めには、待望の初孫を授かる予定とのこと。それは良かった。

 しかし、東京に住んで仕事をするいまどきの若い女性にとって、東京都 → 地方の県というのが、それほどネックになるとは思いもしなかった。その県に住んでおられる皆さんに対しては誠に申し訳ない言い方だが、都落ちという感覚なのだろうか。これでは、田舎に嫁の来てがないはずである。私が思うに、田舎には田舎の良さがあるし、どこでも住めば都だと考えるのであるが、とりわけ都心に住み仕事をしているお嬢さんが田舎に住まいを移すというのには、非常に大きな抵抗感があるらしい。確かに、そういうことを東京でのお見合いの席で主張するのは、いささか勇気がいるかもしれない。

お台場から都心を望む


 ところで、二人の子供さんのうち、もうひとりの30歳代半ばとなった娘さんは、たいそう弁もたつし勝ち気で気が利いて先々を見通せるタイプだから、父親から見ると、その性格がついつい相手の男性をやり込めることになってしまう傾向があるという。そういうことで、こちらもなかなか良縁に恵まれなかったが、さすがに30歳を超すと、親としてあせる気持ちが出てきた。ところが本人は、結婚するという気はさらさらなかった。それもそのはず。彼女の同僚の女の子たちを見ても、皆揃って美人の才媛ばかりで、しかもお金持ちのお嬢さんが多く、ちょっとした暇を見つけては海外に行って買い物したりダイビングをしたり観劇をしたりなどと、人生を満喫している。だから、そういう人たちと交じっていると、結婚するのは自分の生活レベルを下げるように思えて、特に20歳代の頃はどうもその気にならないそうだ。

 ははぁ、それはそれは・・・バブル期の残照がまだ続いているようなもので、まるで極楽のような世界だ・・・そもそも、今の世の中でまだそんな世界が残っているのかという気がする。近頃はだいたい、大学を出ても就職もままならない上、やっと勤め始めても非正規でのお仕事になってしまうし、経済的に非常に厳しいという人が多い中で、そんな海外で買い物だのダイビングだのと気ままに振る舞えるなんて、なんと贅沢な・・・まあ、世の中にはお金が遍在していることを如実に示すものだ。なるほど、そんな裕福で世間離れしている女の子たちに交じっていると、身の回りを地道に見て生活するということすら、ままならないわけである。ところが、この私の友達は実に偉い。そういう娘さんが30歳半ば近くの年齢となり、次第にその気になるまで辛抱強く待って、一気にお見合いから結婚にまで漕ぎつけさせたのだから、並大抵のことではない。こういう荒事こそ、男親の力の見せどころである。

 でも、さすがに内心焦ったそうだ。娘の方は、30歳を超えたのに、結婚などさらさらする気はない。ところが、相手となるべき男性は、お嫁さんは若い方がよいことは、いうまでもない。だから、言葉は悪いが、結婚相手としての女性の商品価値は年をとるごとに大きく落ちていくものだと思いつつ、それを口に出してやかましく言うのは、かえって逆効果となるのがわかっているので、諭すタイミングと内容について、とても気を使ったそうだ。なるほどねぇ・・・。また、それに加えて、娘のやや勝ち気な性格と頭の良過ぎるところが問題だとわかっていた。そこで、あまりに頭が良くて旦那さんの先をどんどん考えていくことは、結果的に旦那さんを精神的に抑えつけることになり、それは男から見るとあまりに可愛くないものだということを、まずわからせた。その上で、そういうことは是非どうしても言わなければいけないという最終的な局面のためにとっておいて、はっきり言うと普段は馬鹿の振りをしていて、旦那や男を立てろと何度も説教したそうだ。これには、笑ってしまった。

お台場から都心を望む


 ところで、私の子供たちはいずれも勝手に結婚相手を見つけてきたので、こうした彼の努力に比べれば、私のしたことは単に結婚式に出席することくらいで、全く大したことはやっていない。私はそういうのが当たり前という気でいたが、しかしそれは、たまたま実に幸運だっただけのことで、一歩間違うと、彼のような努力をせざるを得ない羽目に陥っていたのかもしれない。それを思うと、男親としての彼の奮闘は本当に尊敬に値すると思い、感無量でただひとこと、「そりゃあ、君は実に良くやったよ。心の底から感心する。良いお父さんだ。私には、とてもやれない。」と申し上げておいた。





(2012年 9月26日記)


カテゴリ:エッセイ | 22:30 | - | - | - |
徒然255.スリランカとインド

スリランカ・フェスティバル「シーギリア」



 スリランカ・フェスティバル(写真)
 インド・フェスティバル(上)(写真)
 インド・フェスティバル(下)(写真)


 東京の代々木公園で、9月8日の週末にスリランカ・フェスティバルが開かれたかと思うと、22日にはインド・フェスティバルがあった。その間の15日にはベトナム・フェスティバルが開催された。それらに加えて9日は、東京ミッドタウンでインドネシア・フェスティバルが行われた。まさに、フェスティバルばやりである。このうち、ベトナムは去年のような素敵なファッション・ショーが開かれない様子だったので、今年はスキップして、そのほかの国のフェスティバルの様子を見物に行った。我ながら、物好きな上に、土日は暇を持て余していると思われても、仕方がない。まあそれというのも昔々、私は東南アジアで3年間暮らしたので、この手の踊りが懐かしいという気持ちも、実はあるのである。

スリランカ・フェスティバル


 まずは、スリランカ・フェスティバルであるが、熱帯の森林の中にぽっかりと浮かぶような岩山の写真に惹かれた。これは、イベント広場の舞台の背景にも使われている。これは「シーギリア」(Sigiria)というスリランカにある世界遺産のひとつ、古代都市シーギリア・ロックだそうだ。カーシャパ王によって、5世紀に標高200メートルの岩山に造られた宮殿要塞である。その入り口は巨大なライオンの両足で、その間を通って喉元から入るような造りとなっている。それだけでなく、岩山の中腹には美女のフレスコ画が描かれているのが有名だそうな。ううむ、いつか、行ってみたいものである。

スリランカ・フェスティバル


 そのような異次元の風景に目を奪われている中、チャンナウプリ舞踊団によるスリランカの伝統的な踊りが披露されていった。昔同じように見物させていただいたときには、中年の男の人が数人、まるで独楽のようにぐるぐる回る激しい踊りに驚いたものであるが、今回は女性主体のいかにも南アジアの農村の踊りという風情であった。

インドネシア・フェスティバル伝統的な踊り


 インドネシア・フェスティバルであるが、今回は代々木公園では開かれず、代わりに東京ミッドタウンでの変則的な開催となった。東京ミッドタウン前のみどりの広場に置いてあるあのカタツムリのような金属製のオブジェの前に、急ごしらえの舞台がしつらえられて行われた。私がたまたま行ったときには、伝統的な踊りが終わりかけていて、男2人、女1人の3人組によるラッパーの舞台となった。私などが聞くと、どう見ても話し言葉にしか聞こえない。いったいこれが歌かと言いたいところだが、何かの台詞をリズミカルにしゃべることで、音楽として成立しているらしい。よくわからない世界である。ただ、若者には人気のようで、舞台の前に何人もが押しかけ、手を突き出して興奮している。このあたりは、日本もイスラム圏の国も、変わりはない。

インドネシア・フェスティバルの3人組によるラッパー


 インド・フェスティバルでの踊りは、これまでのものとは全く様子が違って、日本人の踊り手によるインド風の踊りばかりを見た。つまり、出てくるグループが皆、日本人ばかりだったからである。中には踊った後、マイクを握って「私たちは、名古屋から来たインド舞踊のグループで、○○といいます」などと息を切らせながら話していた先生格の方がおられたが、まあ、この方を含めて出演された方たちは、インド舞踊が好きで好きでたまらないらしい。だから、こんなにたくさんのグループや踊り手が次から次へと引きも切らずに踊り出すというわけである。グループで踊る場合は、もちろん中核となる先生を囲み一般人の生徒さんたちがその回りを固めて一糸乱れずに踊るという形となる。出演された皆さんはもちろん一生懸命やっておられるけれども、全体を見ると、申し訳ないが、やはり素人の隠し芸程度となってしまうのは、これは致し方ないところか・・・でも、ボリウッド・ダンスとチア・リーディングが合わさったような踊りは、元気いっぱいで文句なしに面白かった。

インド・フェスティバル



インド・フェスティバル


インド・フェスティバル


 そういう踊りを何グループか見た後で、舞台に出てこられた、とある一人の踊り手さんは、これはプロフェッショナルだとすぐにわかった。身のこなしは無論のこと、手つき、足つき、特に眼の表情が素晴らしく、優雅で繊細、かつ大胆な一分の隙もない踊りである。いやまあ、凄かった。これを一緒に見ていた家内も、「あれはお化粧するときのあの手つきね」と言うくらいに、ひとつひとつの動作が我々観客に伝わった。日本人でも、外国の踊りを習ってこういうレベルに達した人がいるとは思わなかった。フラメンコの小松原庸子さんを思い出した次第である。こういうプロには、またどこかでお会いしたいものだ。




インド・フェスティバル


インド・フェスティバル





(2012年 9月24日記)


カテゴリ:徒然の記 | 21:35 | - | - | - |
徒然254.桜新町ねぶた

桜新町ねぶた、「碇知盛」



 桜新町ねぶた(写 真)


 つい先日、東立川の羽衣商店街で、青森県黒石市のねぶたを観たばかりだが、今度は、世田谷区の桜新町が青森市(青森県の旧浪岡町)のねぶた祭りをするという。これは、ねぶたの種類が少し違うかもしれない。また観てこなければということで、渋谷から東急田園都市線に乗って桜新町に行ってきた。

桜新町ねぶた


 来賓の青森市長、警察署長に消防署長、それに落選中の元議員まで挨拶を行った後、午後7時を回ったところから、ねぶたの運行が始まった。遠くから、ねぶたがこちらに向かって動いて来るが、あれあれ、何か様子が違う。あの「ねぶた」らしきものには、サザエさんの父の波平さんと、タラちゃんとその妹ワカメちゃんが描かれているではないか・・・なぜか、拍子抜けした。ところがそのあとにも、遠目で見ると、何か白くてくねくねしたものが続いている・・・あれは、いったい何だろう・・・。近づいて来て、ますますわからなくなった。白いタコが絡み合っているようで、それにレースの飾りが纏わりついている。どちらも、どちらだなぁと思いながら、iPhoneで調べてみると、こういうことらしい。

桜新町ねぶた


 ここ桜新町は、サザエさんの原作者である長谷川町子さんが住んでいたところで、現にこのねぶたが通る道は、サザエさん通りというそうだ。では、なぜサザエさんとマスオさんが描かれていないのか・・・よくわからない。何でも、遺族の著作権管理が相当厳しいと聞いたが、そのせいかもしれない。まあいずれにせよ、これはご当地名物ということで、それなりにわかるが、もうひとつの白いタコのようなものは、近くの昭和女子大の学生さんが制作したそうだが、どうも私とは佞武多(ねぶた)に関するセンスが違うようだ。

桜新町ねぶた


 そうこうしているうちに、普通のねぶたがやってきたので、やや安心。ねぶたは、やはりこうでなくっちゃぁいけない・・・。なかでも、「碇知盛」とある佞武多(ねぶた)は、口に太刀を咥える逞しさに加え、裏には赤い鳥居が描かれていて、いかにもそれらしい。しかも、私の眼の前で一周してくれたので、いろいろな方向からじっくり写真を撮ることが出来て、大いに満足した。ハネトの皆さんも、囃子の皆さんも、それぞれに頑張り、やっと佞武多らしくなってきた。ねぶたの一団は、合計7基あり、サザエさん通りを往復した。それをしばし見物して、帰途に着いたのである。


桜新町ねぶた、「碇知盛」


桜新町ねぶた





(2012年 9月 8日記)


カテゴリ:徒然の記 | 23:30 | - | - | - |
徒然253.上野動物園のハシビロコウ

上野動物園のハシビロコウ



 上野動物園の夏(写 真)


 8月中旬に1回、そしてまた9月になってさらに1回、上野動物園に行った。自宅から歩いて15分程度の距離なので、いつでも行けるという気がするものだから、そういうところに限って、結果的にはあまり行かないということになる。ただ、今回は8月に行ったときに、年間入場券を購入したので、それこそ不退転の決意?でこれから通うことにした。というのは、写真の被写体としての動物は、そのままでも絵になるし、ましてや美しい姿勢や微笑ましい様子が撮れれば思わずうれしくなるから、なかなか魅力的なのである。

雌のシンシン


 ところで最近の上野動物園といえば、特にパンダと鳥のハシビロコウに熱狂的なファンがいて、毎日通ってそれぞれの写真をインターネットに載せると聞いた。はあ、そんなものか、それほど面白いのなら、私もその写真を撮って来ようと思って、パンダの雄のリーリーと雌のシンシンを撮りに行ったのが昨年8月のこと。それ以来、すっかりご無沙汰していた。それからもう1年が経ち、この間、パンダのシンシンは、7月に可愛い赤ちゃんを産んだものの、残念なことにすぐに死んでしまった。パンダの赤ちゃんは未熟状態で生まれることが多いので、その半数も生きられないそうだ。本当にかわいそうな出来事だった。それで、最近のシンシンはどうしているのかと思ったら、いつものとおり、黙々と竹の葉っぱをむしゃむしゃ食べていて、それを見たときには少しホッとした。

> 上野動物園のハシビロコウ


 前回も撮ったのだが、不忍口近くのフラミンゴの向かいのケージに飼われているハシビロコウ(嘴広鸛)という鳥は、なかなか面白い。最近、NHKでこの鳥の生息地に行ってその野生の姿を紹介するテレビ番組が放送されていた。ご覧のとおり、正面から睨み付けられると、いかにもワシはワルだぞと言わんばかりの、ものすごく怖い顔をしている。しかし、横顔を見ているとなかなか愛嬌があり、特に頭の後ろの羽根が寝癖のついた毛のようにはね上がっているから、その前のバカ真面目な表情とアンバランスで、自然に笑えてくる。

上野動物園のハシビロコウ


 そのNHKの番組によれば、このハシビロコウは東アフリカの南スーダンからザンビアあたりの湿地に生息していて、沼地などにいったん降り立つと、じぃーっとして、微動だにしないそうだ。そして、自分の姿を完璧に風景に同化させてしまう。その姿勢で待っているのは、もちろんエサとなる肺魚で、これが息継ぎのために水面に浮かんでくるところを機敏に動いて、ばくっと咥えて飲み込んでしまう。そういうことを日がな一日、やっているそうだ。朝から晩までじーっとして動かないのである。そんなことを思い出して、もう一度このハシビロコウの顔を見ると、なかなか一筋縄ではいかない表情をしている。そうか、ポーカー・フェイスがこの鳥の特徴かと思ったその瞬間、ガバッと口を開けて、笑うような表情を見せた・・・なんだ、笑えるのか、この鳥・・・。なお、私のほか、キャノンのカメラを手に持って、ハシビロコウを根気よく追いかけている年配の女性がいた。ははあ、この人は、前述とは別のNHKの番組に出ているのを見たことがある。パンダの場合と同じく、ハシビロコウの写真を撮ってそれをインターネットで公開している人らしい。

上野動物園のハシビロコウを好きな人


 ゴリラのムサシを前にして、面白がっているインド人のカップルがいた。そうだろうなぁ・・・この面白さは、万国共通なんだ・・・。特にムサシは、いつも思索にふけっている哲学者のような風貌と態度だから、より面白いのかもしれない。次の虎の住処では、一頭の虎が縄張り中を行ったり来たりして、いやまあ、その迫力のあることといったら、ない。ある時は、私と目が合ってしまい、心臓がドッキンと大きく鳴ったような気がした。これは、野生では出会いたくない猛獣の代表例である。それに比べて、新しく獣舎が完成した白熊くんは、さほどの迫力ではない。

ゴリラのムサシを面白がっているインド人のカップル


ゴリラのムサシを面白がっているインド人のカップル


 猿山では、赤ちゃん猿が、お母さんにしがみついて、とても可愛かった。また、小猿どうしでじゃれあっていたが、これも人間と同じで、こうやって成長していくのかと思った。猿ではないが、ミーア・キャットも、なかなか面白い獣である。アフリカの元々の生息地であるサバンナでは、地上にも空にも敵が満ち満ちている。そこで一匹が見張り役として小高いところに立ち上がり、辺りを見回し、ついでに空も見上げるということをやっている。こんな動物園のケージの中という安全な場所でもやっているので、これはDNAがなせる習性なのだろう。因果なことだ・・・。そのほかでは、オレンジ色の嘴が目立つ、オニオオハシがなかなか見応えがあった。ううむ、やはり、動物園は、面白い。


虎と目が合う


白熊


お母さんにしがみついている赤ちゃん猿


ミーア・キャット


オニオオハシ




(2012年 9月 1日記)


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