横浜山手西洋館巡り

山手111番館内部


 神戸には異人館がいくつかあり、2〜3年前に2回に分けて、それらを巡ってきたことがあった。なかなかエキゾチックな雰囲気を味わったということで、一緒に行った家族や仲間に好評だった。ところで、最近よく行くようになった横浜にも、明治の昔を偲ばせる洋館がある。それもそのはずで、だいたい横浜は、江戸末期の開港の先達なのである。したがって、当然のことながら山手地区という外国人居留地があって、同様に欧米の公館や住居が残っている。横浜市では、それを山手西洋館として、広く周知に努めている。ちなみに、神戸の異人館の場合は少なくとも私が訪れたところはすべて民間所有であったが、横浜の西洋館の場合は事情が異なっていて、(財)横浜市緑の協会が管理しているので、誰でも気軽に立ち寄ることができる。身も蓋もない言い方をすれば、どこに入っても無料というわけだ。まあ、そういうことで、年も押し詰まったクリスマスの日の午後、その財団作成の「山手西洋館マップ」というものを持って、二人でのんびりと散歩に出かけた。

アメリカ山公園


 東京の渋谷から、みなとみらい線直通特急で元町・中華街駅に到着した。元町出口側から出ようとすると、駅舎の中から直接4〜5階の高さまで行くエレベーターがあった。それに乗ったところ、ぽっと出たところがアメリカ山公園というところだった。一瞬、これは建物の屋上に作られた公園なのかと思ったが、そうではなくて、意外と奥行きがある。それは、どうやら崖のてっぺんに作られた公園のようで、その崖に沿って立つのが、いま乗ったエレベーターのある建物らしい。まったく、面白い構造である。公園らしきところに出て、しばらく歩いてから振り返った。すると、正面には横浜港(建物が遮って見えないが、山下公園のあたり)、左手にはマリン・タワー、右手にはベイ・ブリッジがある。ああ、とても見晴らしがよい。

 このロケーションといい、アメリカ山なる名前といい、これはただの公園ではないと思っていたら、公園の片隅に、そのいわれが書いてあった。それによると、「1867(慶応3)年に徳川幕府によって山手地区は外国人居留地として開放されたが、ここアメリカ山公園のある山手97番地は、以前からアメリカ公使館の用地として予定されていた。ところが、実際に公使がこの地に住む事はなくて、代わりにアメリカ公使館の書記官だったポートマンが住んでいた。その後、1876年からは山手82番地の横浜一般病院で働くイギリス人医師のウィーラーが住民となった。第二次大戦終結後、この場所はアメリカ軍によって接収され、敷地内には軍の住宅が建設された。1971年に日本国に返還されて国有地となり、2004年に横浜市が国から譲り受けて、アメリカ山公園として整備された」とのこと。

 そこを出て、横浜地方気象台の前を通り、外国人墓地に沿って歩いた。冬に入っているが、ぽかぽか陽気である。こちらの墓地には、欧米などから遠く日本にやってきて当地で没した外国人が埋葬されているそうで、第一号の埋葬者は、ペリー艦隊が来たときにマストから落下して亡くなったウィリアムズという水兵との由。ちなみに、生麦事件で死亡したイギリス人も、ここに眠っているらしい。別にお墓参りに来たわけでもないし、そもそも公開されている日ではないようなので、一礼してそのまま通り過ぎた。

港の見える丘公園からマリンタワーを眺める


 さて、港の見える丘公園に行こうと、そちらへと足を向けた。先日、夜景を見にわざわざ夜間ここにやってきたばかりであるが、夜に見る景色と昼に見る景色とでは、こんなに違うものかと思う。夜はマリンタワーや大桟橋、ベイブリッジばかりが目立っていたが、それはライトアップのおかげである。昼間に港を見渡すと、いやこれはすごい。港に至るまで建物がこれほどぎっしり詰まっているとは・・・。たまたま大桟橋の方を見たとき、大きな客船が停泊していることに気が付いた。これは大きい。どこの船だろうかと思って、超望遠レンズを出してきてそれで撮ってみたら、特徴的な煙突の意匠と後部の青いラインが見えた。ああこれは、「ぱしふぃっくびいなす」だった。クリスマス記念のクルーズだろうか?

大桟橋に接岸している大きな客船、ぱしふぃっくびいなす


 展望台を出て、最初の西洋館であるイギリス館に向かう。この季節でもまだ薔薇が残っていて比較的多く咲いていたので、いささか驚いた。さて、そのイギリス館というのは、1937年に英国総領事公邸として建てられた建物だそうだ。解説によると、「近代主義を基調としたモダンな形と伝統を加味した重厚な美しさは、当時の大英帝国の風格をよくあらわしている」ということになるが、それはいささか言い過ぎではないか。しかしそれでも、一見した印象としては、まあ一昔前の重々しいオフィスビルの風情があるのは確かである。ちょうどこの日はクリスマスの日で、品良く飾られたクリスマスの装飾やテーブルの食器と飾り、暖炉の雰囲気などは、いずれも私たちが見慣れたものであった。私たちはイギリス本国ではたとえば、ウィンダミア地方のOld England Houseなどという1〜2世紀前のクラシックなホテルに泊まったし、元イギリスの植民地だったマレーシアに住んでいたときには、高原地方にあるOld Smoke Houseという英国エリザベス朝の装飾を再現したその手のホテルによく泊まった。そういうことから、この装飾を目にして、その頃の家族一緒で楽しんだ懐かしい雰囲気を思い出した。

山手111番館


 次に山手111番館に行くと、これは「1926年にアメリカ人の住宅として建てられたスパニッシュ・スタイルの赤瓦と白い壁が美しい西洋館」ということで、その解説の通り、入り口にある三つのアーチが軽やかな雰囲気を醸し出す建物である。中に入ると、いかにも住み心地の良さそうな空間が広がっており、床は木製で壁も落ち着いた感じだから、なるほどここは住宅だったのは間違いないと納得する。子供部屋もあり、客間やダイニングも含めて、なかなか趣味の良い装飾である。暖炉の中に、馬小屋のキリストとマリアを表現した飾りがあって、それが非常に良く出来ていたので感心した。私は、この建物と装飾が一番気に入った。

えの木てい


 マップに従って進んでいく途中、岩崎ミュージアムという建物があった。小腹がすいたので、食事はできるかと聞くと、用意できるという。しばし待たされた後で出されたのが、スープとパンだった。たったこれだけかと思ったが、口に入れてみると、トマト味が案外美味しくて、なかなか良かった。体が温まったので、そこを後にし、またルート沿いに進んだ。すると、たくさんのカップルが列をなしているメルヘンチックな建物が目に入った。家内によれば、有名な洋菓子店「えの木てい」とのこと。なんで、そんなことを知っているのだろう?空いていたら、入ってみるのも悪くはないが、あの長い列ではたまらないと、そこをパスした。

山手234番地


 向かった山手234番館は、1927年に建築された外国人アパートだ。ちょっとしたリゾートのホテルのような雰囲気のある建物である。シックなテーブルセットなどが置かれていて、クリスマスの飾りもさっぱりしていた。なるほど、こんなところもアパート風だと納得する。

山手234番地のテーブル上


 元町公園には、エリスマン邸があった。説明によれば、こちらは、「『現代建築の父』と呼ばれたA・レーモンドの設計で、横浜で大きな絹糸貿易商シーヘルヘグナー商会の支配人だったエリスマンの邸宅として1926年に建築され、その後1990年に移築された」とのこと。スイス出身の人だったらしく、それにちなんでクリスマスの飾りもスイス風を意識されたようで、赤が効果的に使われている。また、テーブルのナプキンが緑で、それに赤のトナカイやサンタクロースが描かれているのは、クリスマス・ツリーにちなんだのだろう。なかなか、センスが良いと思った。

エリスマン邸のテーブル


 次にべーリック・ホールに入った。イギリス人貿易商ベーリックの邸宅として1930年に建てられたそうで、「スパニッシュ・スタイルを基調とし、戦前の西洋館としては最大規模を誇る」という。こちらでは、ちょっとしたコンサートが行われていた。

べーリック邸の正面


 そのバスルームの隣では、まるで見たこともない装飾があった。床の上に舟を思わせる意匠に不思議な丸い玉があり、その隣には枯れ木のようなものが何本か立っている。説明によれば、「フィンランドの伝統的な文化と現代のスタイリッシュな文化の融合の中で生まれ育っているフィンランド・フラワーデザイン」であり、これは「フィンランド・ヨウル」とのこと。

フィンランド・フラワー・デザイン


葉の骨格のモビール


 それが「極夜の森の聖夜。静粛な森にゆっくりと時は流れ、精霊たちのたわむれに、明けない夜のヨウルが始まる」ということで、この舟のようなものは「森の中の精霊たちが、葉で包まれたボールや自然の恵みをいっぱいに積んだ柳のボートに乗って、森のクリスマスに集いに行く様子を表現しています」、それから枯れ木のようなものは「クリスマスツリーに姿を変えた白樺と蕗の精霊の家族が極寒の森の中で寄り添うようにヨウルを待ちわびている様子を表現して」いるようなのである・・・そうか、舟はともかく、枯れ木などと言ってはいけなかったようだ。なお、部屋の中につり下げられていた枯れ葉の骨格だけを残したようなモビールも、これまた新鮮な印象を受けた。

カトリック山手教会


 引き続き山手本通りを行き、フェリス女学院の前を通って行くと、カトリック山手教会が他を寄せ付けないように屹立していた。それを門越しに見て通り過ぎ、イタリア山庭園に向かう。その中に外交官の家がある。これは、1910年に日本人外交官の内田定槌邸として建てられた。アメリカ人建築家ガーディナーの設計で、もともと渋谷区南平台に建てられたのだが、1997年にこの地へと移築されたという。アメリカン・ヴィクトリアン様式というだけあって、建物の角のひとつが丸くて高い塔のような形をしていて、焦げ茶色の枠と明るい壁の色とが軽やかな印象を与えている。

外交官の家


 中に入ると、テーブルにはなかなか凝った年代物のディナー・セットが並べられ、見ているだけでも楽しい。二階に上がると、お菓子のクッキーで小さな家の模型を作った女性自らがそこにいらっしゃって、その解説をしてくださった。印象に残ったのは、その家の裏手に使った光を通す窓をいかに作ったかで、とりわけ気泡を作るのに工夫したという話をされていた。そこで、その気泡を撮ってみたら、うまく写っていた。もし機会があれば、その写真を差し上げたいと思っている。

お菓子のクッキーで作った家


クッキーの家の窓


 その外交官の家の窓のすぐ下には、イタリア山庭園があり、幾何学的な模様が美しい。これは、ルネサンスのような雰囲気があるが、庭の先には、たくさんのコンクリートの建物がある中で、高いランドマークがあり、近代と現代とが調和しているようなしていないような・・・ぼうっとしていると、いま自分がいる時代がわからなくなるほどである。

ブラフ18番館


 最後は、ブラフ18番館である。こちらは、1991年までカトリック山手教会の司祭館として現役だったようで、外から見ると完全に個人の住宅のようである。説明によると、「本日は、ベルギーのクリスマスという設定で「水の帝国」テーマの下に、ベルギークラシック・スタイルを2010年のアールヌーボーでコーディネートした」と書いてあった。薔薇の花で作った大きなリースが美しい。テーブル上は、青を基調としてすっきりしている。別の部屋には、逆に赤をベースにしたディナーセットの部屋もあり、こちらもなかなか豪華である。それだけでなく、ベルギーだからレースの編み物も展示されているし、小便小僧まであったのには脱帽した。これは凝っている。

ブラフ18番館の青のテーブル


ブラフ18番館赤のテーブル


 感心しつつ、庭に出ると、咲いている大きな花があった。何だろうと説明を読むと、皇帝ダリアとなっていた。最近、川口グリーン・センターで皇帝わりという花を見て、そのとき「皇帝ダリアも咲いています」という看板もあったが見逃してしまった。それ以来、どんな花なのだろうとちょっと気になっていた。だから、これでようやくその疑問は解消し、今年中の心残りはなくなったことになる。そういう意味でも、今年の終わりに横浜山手西洋館を見に来たことは、よかった。そんなつまらないことに満足しながら、急な坂を下りて石川町駅に行き、東京に戻ったのである。

皇帝ダリア









 横浜山手西洋館巡り(写 真)は、こちらから。



(2010年12月25日記)


カテゴリ:エッセイ | 23:52 | - | - | - |
東京イルミネーション (12) 表参道ヒルズ

表参道ヒルズのクリスマス・ツリー


 そうそう、これを書いている本日は、クリスマス・イブの日である・・・といっても、とうの昔に子供が巣立った我が家では、単に365日のうちの1日に過ぎない。しかしそれでも、表参道ヒルズに行ってスワロフスキーのクリスマス・ツリーを見ると、そのたびに昔子供と一緒に味わった感動を思い起こして、ついつい感激してしまうのである。このクリスマス・ツリーは、大きすぎず小さすぎず、かつその収まっている空間が元より三角形であることがよい。つまり、このビルには大きな三角形の吹き抜けがあり、その空間に円錐形のツリーが入ると、本当によく似合うのである。

表参道ヒルズのクリスマス・ツリー


 とりわけ今年のツリーは、豪華な婚礼衣装のようで、ひときわ美しい。しかも、そのツリーの色が紫、白、昼光色などと変化していく。それも、やや抑え気味に変化していくのである。その合間には、ミラーボールが館内に華やかな光を放つ。そういうわけで、その場にじっと立って色の変化を見ているだけでも楽しくなること請け合いである。

表参道ヒルズのクリスマス・ケーキ


 ちなみに今年は、クリスマス・ツリーに加えて、有名パティシェによるケーキの競作があり、それが階段の両脇に展示されていて、これも見ていて見飽きない(これを見物したのは、11月のこと)。だいたい、これがケーキなのか、芸術品ではないかと思うところから始まるから、なんだか騙された気分にすらなる。しかし、天使のようなケーキ、ハート形のような、あるいはチューリップのようなケーキ、そしてサッカーボールとサッカー靴のケーキまであるから、とても楽しい。

表参道ヒルズのクリスマス・ケーキ


表参道ヒルズのクリスマス・ケーキ


 ちなみに、この建物の外では表参道90周年を記念して約90万球のLEDから成るイルミネーションがけやき並木に飾られている。それらが、ブランド・ショップが色とりどりに発する光に輝く夜の闇を、ますますあざやかに彩っている。やはり、この街には、輝くイルミネーションは冬の季節には必須である。







 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月24日記)


カテゴリ:エッセイ | 22:04 | - | - | - |
東京イルミネーション (11) 東京ドームシティ

東京ドームのイルミネーション


 東京ドームは、私の家からはせいぜい車で10分くらいの距離なのだが、これまでイルミネーションを見るためにわざわざ行ったことはなかった。ところが、なかなか良いという評判を聞いたので、今年初めてそれを見物に出かけた。

東京ドームの光の帆船「エルビス号」


東京ドームの光の帆船「エルビス号」


 そうすると、まず光の帆船「エルビス号」というのに圧倒された。大きさはたかが全長15m、高さ10mという程度のものなのだが、HPによれば「未来に向かって進む巨大な帆船『エルビス号』が虹が輝く国『Dream World』に迷いこみました。不朽の名曲『Over the rainbow』に乗せてエルビス号やたくさんの虹、青い鳥が輝く景色は圧巻です。そして演出のクライマックスには、夜空が虹色に輝きます」というのである。いやはやその通りで、船腹が虹色そのほかの原色にぎらぎらと輝くので、こんな派手なイルミネーションは、これまで見たことがない。これまで、ものすごく派手だなぁと思っていたカレッタ汐留のイルミネーションも、とうていその足下にも及ばないと思った。上には上があるものである。

東京ドームのラクーアのテトラ


東京ドームのラクーアのステラ


 それに比べれば、東京ドーム本体のイルミネーションは、赤と白のツリーを元にしていて、大人しいものである。ところが、ラクーアの方に歩いていくと、これがまた異次元のような雰囲気がある。というのは、三角形の中に丸い明かりが詰め込まれていたり(テトラというらしい)、どう表現すればよいのかまるでわからないが、しいて言えば原子模型のようなもの(ステラ)があったり、果ては半ドームのような造形があったりで、写真の対象としては、これもなかなか面白い。ちなみに、水耕栽培のシステムがあるらしいが、今回は残念ながら見逃したので、次の機会を待つことにしよう。

東京ドームの東京ドームのラクーアの半ドーム








 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月26日記)


カテゴリ:エッセイ | 21:12 | - | - | - |
東京イルミネーション (10) 新宿モザイク通り・南口

新宿西口における小田急ビルの外壁


 新宿西口における今年の新味は、小田急ビルの外壁がカラフルに彩られていることで、これはなかなか綺麗で、成功していると思う。その西口から、小田急系の物販施設のミロードに隣接するモザイク通りを通って、新宿南口までを駆け足で回ってきた。三脚は持って行かなかったので、写真の出来は、いまひとつであったが、それでも雰囲気は味わえるのではないかと思われる。

新宿モザイク通り


新宿モザイク通りのモザイクステージ


 モザイク通りは細長い道で、青を基調に、去年と同じようなイルミネーションが輝いていた。去年はこれを見て、暖色と寒色とがそろっていて、その点はなかなか良いと思ったが、人間は目が肥えてくるのか、今年はああ、あれかと思ってしまうから、こういう装飾に携わる人たちは目先の新しさを追う必要に迫られて大変である。

新宿モザイク通りのモザイクステージの暖色ツリー


 さて、そこを抜けて、甲州街道の上に掛かっている歩道橋を渡り新宿南口に行くと、両脇には木々にイルミネーションがきらめき、なかなか良いムードである。右手のJR東日本の本社の前には、JRらしくSuicaのシンボルのペンギン君が並ぶ飾りがあった。そこを通り、どんどん先に行くと、円錐形のツリーのようなものがあり、それが色を変えたり点滅したりして、なかなか派手である。そこにたくさんのカップルが一列に並んでいて、その円錐ツリーの中に入る順番を待っている。こういうところにも、日本人の辛抱強さが現れている。

新宿南口のツリー








 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。


(2010年12月26日記)


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東京イルミネーション (9) 光都東京ライトピア

和田倉噴水公園の凜とした噴水


 光都東京・LIGHTOPIA2010という丸の内地区を使ったイベントは、確か今年で5回目になると聞く。説明によれば、「〈地球・環境・平和〉をテーマにした光の祭典。皇居外苑会場の和田倉噴水公園では、著名人や千代田区の小学生たちが描いた明り絵を展示する『アンビエント・キャンドルパーク』、江戸城の名残を留める日比谷濠、馬場先濠、和田倉濠では、一部多様な生き物をかたどりながら、白く美しい光が連続して流れ、交わり、つながっていく『光のアート・インスタレーション 光流(こうりゅう)』、丸の内会場では、花の輝きをより美しく鮮やかに魅せる『フラワーファンタジア』をそれぞれ実施し、人と地球に優しいさまざまな光の世界を創り出す」というのである。

和田倉噴水公園のアンビエント・キャンドルパーク


 しかし、昨年も同様に思ってつい辛口のコメントをしてしまったのであるが、この催しは、キャッチフレーズとの間で大きな齟齬をきたしていて、どうもその意気込みが、いささか空回りをしているきらいがある。たとえば和田倉噴水公園に明り絵を展示するといっても、よく地方で行われるキャンドル・サービスと大差ない。とりわけ和田倉噴水公園の白く光る噴水が、背景となる丸いカーブを描いた建物のオレンジ色と、さらにその背景にある丸ビルの窓の明かりと非常に良く調和して、引き締まった印象を与えるだけに、とても惜しい。赤い小さな光は、むしろこちらの方に持ってきて池に浮かべ、大噴水を幾重にも取り巻くように配置はできないものか。そのまま水に浮かべて自然のまま、流れるままにしてもよい。そうすれば、流し灯籠を思わせるし、加えて豪華と清楚と意外な動きという三つの要素が相互にバランスよく並び立つものと思うので、誠に惜しい気がするのである。

日比谷濠のレースのカーテン


 それに、日比谷濠や馬場先濠などで光のアートを見せるといっても、並べられているのはまるでレースのカーテンの類に見える。もっとも、今年はゴリラや象や鹿のような模様が入ったとはいえ、ほとんど進歩が見られない。極めつけは丸の内の行幸通りに並べられた丸い「花」であるが、別にこれといって特徴があるものでもない。これくらいなら、私でもやれと言われれば、たちまち思いつくような気がする。まあ、アイデア倒れで単にキャッチフレーズが先行しているにすぎないのか・・・それとも肝心の予算が足りないのか、そのいずれかであろう。東京で繰り広げられるほかのイルミネーションの出来がすばらしいだけに、その中心地区で展開されているこの催しがこの程度であることは、とても残念である。ただそれでも、今年の花の丸い玉は、なかなか良い工夫である。生け花がまん丸の形に植えられているようなものだ。これくらいは、褒めてあげなければ・・・。

丸の内のフラワーファンタジア


丸の内のフラワーファンタジア









 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月26日記)


カテゴリ:エッセイ | 11:50 | - | - | - |
東京イルミネーション (8) 恵比寿ガーデンプレイス

恵比寿ガーデンプレイスのバカラのシャンデリア


 また今年も、恵比寿ガーデンプレイスを見に行った。ここは、大人の街というか、非常に落ち着いた雰囲気のイルミネーションである。それもそのはずで、夜景の中心がバカラのシャンデリアだから、じっくりとその豪華さを味わう以外に、楽しみようがないのも事実である。昨年、この風景に感動したのは、今から思うと望外の良い写真が撮れたからかもしれない。それは、遠くのバカラのシャンデリアを眺める位置にたまたま二人の女性が立っていて、その後ろ姿が絶好の構図を提供してくれることになった写真である。

恵比寿ガーデンプレイスのクリスマス・ツリー


ウェスティン・ホテルのクリスマス・ツリー下の汽車模型


 ところが今年は、バカラのシャンデリア関係では、どうもそういう幸運には恵まれず、どれもこれも平凡な写真となった。ただそれでも、近くにいた誰かが「ウェスティン・ホテルのクリスマス・ツリーがなかなか良い」というので、それを見に行ったら、なるほどこれは面白かった。クリスマス・ツリーの足下にレールが敷いてあって、それを囲むように置かれたクマさんのぬいぐるみの中を、模型の汽車が走り回っていたからである。もうすぐ2歳になるウチの孫に見せると、たぶん「シンカンセーン、ぐるんぐるんねぇ」と言うだろう。実はこれ、新幹線ではなくてSLなのだけれど、あまり早くからいわゆる「鉄ちゃん」にはしたくはないので、そのうちじっくりと教えることにしよう。

恵比寿ガーデンプレイスの夜間のバカラのシャンデリア


恵比寿ガーデンプレイスの夜間のバカラのシャンデリア


 そうそう、去年と同じことをするのもあまり芸のないことなので、今年は昼間の恵比寿ガーデンプレイスは、どんなものだろうかとわざわざ明るい内に見に行った。それでどうだったかというと、結論からいえば、バカラのシャンデリアはやはり夜間に見た方がよい。そもそもひとつひとつのガラスの輝きからして全然違うのである。昼間に見たりすると単に明るいだけで、たとえいえば、まるで気の抜けたビールのようなものだ。 人と同じく、シャンデリアにも、輝く舞台というものがあるのである。

恵比寿ガーデンプレイスの昼間









 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月26日記)


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東京イルミネーション (7) 銀座・日比谷

銀座四丁目の交差点にある和光の建物


 今年の銀座は、正直言って例年のような明るく華やいだ雰囲気があまり感じられない。いつもなら、きらめくネオンやイルミネーションがところ狭しと輝いているのに、気のせいか、それとも本当なのか、あまり元気がないように思われるのである。経済の長引く低迷を背景に老舗が次々と撤退し、代わりに海外のブランド店や若者向けのチープ・アンド・ファーストファッション店が進出してきたからかもしれない。客層が、明らかに変わってしまった。

 その銀座という街の中心は、四丁目の交差点にある和光の建物である。今年は、社内のクーデターによってこちらも政権交代が行われたようで、老経営者と女傑が交代させられた由。こういう問題は我々のような門外漢には、あまり関係がないのだけれども、いままでは営業していなかった日曜・祝日の営業が行われるようになったのは、街が明るくなるという意味では朗報である。ところで、その和光ビルの隣に、例年通りミキモトのクリスマス・ツリーが飾られる。今年は、それを写真に撮ったものの、残念ながら光量が不足して、良い写真は撮れなかった。肉眼で見ると、なかなか良いツリーなのだが、三脚なしに撮ろうとしたところに、いささか無理があったと思う。

銀座四丁目の三越のショー・ウィンドゥに飾られた人形


 実はこの日、銀座四丁目の交差点近くで、私の同僚との忘年会があった。久しぶりに食べた伊勢エビは、なかなか美味しかったのだが、それが終わって交差点を通りかかった時は、もう午後9時を回っていた。銀座は閉まるのが早いので、三越など主な建物はいずれも営業が終わっていた。でも、この写真にあるように、三越のショー・ウィンドゥに飾られた人形は、こうして夜に撮ってみると、まるでこの世とは思えない世界を連想させる妖しい雰囲気が感じられて、思わず背筋がゾクリとした。

昔はファッションの三愛という会社のビル


 ところで、その銀座四丁目の交差点の三越の建物の対角線上に、三愛の円筒形の建物がある。今は、「RICOH」とあるから、コピー機を作っているあのリコーだろうか・・・私の昔の記憶とは異なる看板が出ているけれども、確かここは、50年前には、ファッションの三愛という会社のビルだった。なぜそんなことを覚えているかというと、中学校の修学旅行で、銀座のこの地点を通りかかったからである。そのとき、私は「やけにネオンがまぶしい建物だな」と思っていたら、隣に座っていた東京通の友達が「あれ、サンアイっていう会社だ。有名なんだぜ」と教えてくれた。そのとき、初めて東京なる街を見た私には、ただただ、まぶしく思えたものである。この建物を見るたびに、「よし、いつか東京に出て行ってがんばってやるぞ」という青春の思いが心に浮かんでくる。

日比谷花壇の新しい建物


 ところで、その銀座四丁目の交差点から、酔い覚ましをかねて、日比谷方面にぶらぶらと歩いた。そして、帝国ホテルの脇から地下鉄に乗るつもりでいたが、信号が青だったので、そのまま外堀通りを渡ったところ、日比谷公園の門の脇にある花屋の日比谷花壇の新しい建物があるのに気が付いた。煌々と明かりが点いているので、それを写真におさめたというわけである。個人的には、以前の建物の方が、なかなか味があって私の好みに合っていたのだが、建て替えられたものだから仕方がない。慣れれば良く見えるかもしれないと思いつつ、家に帰ってからその写真を見ると、なかなかモダンである。そう悪くはないように思えてきた。






 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月25日記)


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東京イルミネーション (6) カレッタ汐留

カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」


 「ああ、今年も派手なショーをやっているな。もっとやれやれーい」と、ついつい思うのが、カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」である。HPの説明によれば「気鋭のヴァイオリニスト葉加瀬太郎氏の総合プロデュースのもと、約30万球もの光の粒がヴァイオリンの音色に合わせて踊り、神秘的な海の世界を立体的に描きます」ということである。

カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」


 確かに、これは海の中を思わせる神秘的な青い色を基調としてそれがうねり、かつ波打つように動き、時折ピンクや白の光を出鱈目に放つ。途中では、中央の円錐形の中に現れる海の精のような造形が実に神秘的で、厳粛な中にも暖かさを感じる。そしてクライマックスには、緑の線が四方八方に放たれ、シャボン玉まで舞い上がるという派手さ加減である。音楽の方を書き漏らしたが、それは葉加瀬の新曲「EMOTIONISM」と、このイルミネーションのために作られた「Sailing」ということだが、色彩の派手さに比べれば、音の効果はとてもそれについて行けずに後ろへ置いていかれているようである。

カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」


 ともかく、これは一見の価値がある。去年も感心したが、また今年も感動した。とりわけお勧めしたい東京イルミネーションのひとつである。これは、写真ではその感動を伝えることは難しい。現場に足を運んで目の眩むようなショーを見て、初めて感激するものである。ちなみに、このショーを見物した後に、カレッタ汐留ビルの46階へと一気にエレベーターで上がり、東京の夜景を眺めるのは、私の密かな楽しみでもある。ここは、料理の味はともかくとして、夜の眺めがとても素晴らしい。

カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」


カレッタ汐留のイルミネーション・ショウ「ブルー・オーシャン」









 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月25日記)


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東京イルミネーション (5) 東京タワー

東京タワー


 東京タワーは、私もいろいろと思い出がある。まず最初は、もう半世紀も前のことになるが自分の中学校の修学旅行で初めて登り、東京に出てきて結婚してからは家内や子供たちと「歩いて」展望台まで登り、親類が来たときなどには一緒に登り、ときどきは併設の水族館を見て回るなど、人生の節目節目にお世話になり、また楽しませてもらったといえる。その東京タワーがオレンジ色にライトアップされて久しいが、これでますます親しみを覚える人が多くなったと思う。それに、あの団塊の世代向けの映画「三丁目の夕日」で、建設中の東京タワーがスクリーンに写ったときには、思わず懐かしいという気になった。もっとも、映画の舞台となった昭和32〜33年頃は、私は東京にはおらず、まだ地方在住の小学生にすぎなかったので、なぜそんな気がしたのかはわからないが、タワーそのものというより、街の雰囲気で昔のことが思い出されたのかもしれない。

東京タワーのクリスマス・ツリー


 ところで、東京タワーの高さは333メートルであるが、現在、高さ634メートルを目指す東京スカイ・ツリーが浅草で建設中であり、2010年3月には東京タワーは既にその高さを追い越されてしまった。先日、スカイ・ツリーの高さが511メートルのときにこれを見に行ったら、もう仰ぎ見る高さであった。建設中の先端を見ようとすると、冗談のようだが文字通りひっくり返りそうな高さである。聞くところによると、東京タワーのオレンジ色に対して、こちらのスカイ・ツリーは江戸紫というか、いわゆる青色系の紫色になるようなので、歓声したらどんなイルミネーションとなるのか、今からその出来上がりが楽しみである。

東京タワーのクリスマスの飾り


東京タワーのクリスマスの飾り


 それはともかく、東京タワーの話に戻ると、この季節は、クリスマスの飾り付けが美しい。そんなに派手ではないが、私の気に入っている年末風景のひとつである。「うわわっ、すごく大きくて立派なクリスマス・ツリーだなぁ・・・あっ、列車の模型がある・・・こちらの方は家をかたどっているな・・・おお、小さな東京タワーの模型まであって面白い・・・これを見に来ている人たちは、いずれもなかなか楽しそうだ・・・平和な趣味だなぁ」などと思いながら、写真を撮っていたら、若い女性が近づいてきた。何だろうと思ったら、たどたどしい日本語で、「私は留学生だけれども、このあたりでデジタル・カメラが落ちているのを見かけなかったですか」ということだった。「うーん・・・見なかったけれど、どうしたの」と聞くと、「この辺で落とした」のだという。「もしかして東京タワーの方に届けられていないか聞いてあげようか」というと、「いや、さきほど自分で係の人に聞いたが、落とし物の届けはないと言っていた」とのこと。「それは残念だね」というと、一礼して暗い中をそのまま去って行った。思い出の写真が記録されたデジカメだったのだろうと思うと、かわいそうになった。

 それでふと、その子が去っていった方向を見ると、路の向こうで、二人の天使が向かい合い、ラッパのようなものを吹いているイルミネーションが見えた。これらの天使にちなんで、この女の子に、幸多からんことを祈りたい。

東京タワーの向かいにあるクリニックのクリスマスの飾り









 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。



(2010年12月25日記)


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東京イルミネーション (4) 六本木ヒルズ

「けやき坂」から眺める東京タワー


 六本木といえば、六本木交差点から飯倉方面にかけての通り沿いの店には、若い頃は仲間とよく通い、遊んだものである。ところがそのうち、あれよあれよという間に高層ビルが建設されて、六本木ヒルズというものが出来た。その頃には、ここは、M&AやITなどを生業とする長者が多数その居を構えていたりして、どうも我々のような普通のおじさん族には、敷居が高く感じられるところとなった。もう、我々も中年の域に入っていたので、そもそも六本木という地区に足を踏み入れることも稀になっていた。まあそういうことで、六本木ヒルズといっても、そのてっぺんにある展望台にわずか2〜3度足を運んだことがあるだけで、あまり近づいたことがなかった。

 それでも、最近撮り始めた夜景の写真の被写体として、こちらの「けやき坂」から眺める東京タワーが素晴らしいという噂を聞いたことから、それでは近くでもあり、行ってみようかという気になった。それである夜、仕事帰りに噂の「けやき坂」に直行したところ、なるほど、坂道の両脇にあるやさしいホワイト・カラーに照らされた「けやき」の木々に包まれるようにして、坂の真ん中にオレンジ色の東京タワーがそそり立っている。最初は、道路から撮ろうとしたが、歩行者用の信号の間隔が短くて、あわただしい。そこで、六本木ヒルズの二階から撮ることにしたら、なかなか良い写真に仕上がった。

 

ドイツのバイエルン州のこけし型の人形


 これで本日の目的はほぼ達成したようなものだが、そのまま六本木ヒルズの中を通って地下鉄日比谷線の六本木駅に向かうことにした。途中、クリスマスの飾りだろうか、ドイツのバイエルン州のクルミ割り人形があった。ああ、これは懐かしい。昔、三回ほど現地に行ったときに、これを2〜3体買ったことを思い出した。兵隊の格好をしていて、なかなか愛嬌のある表情とスタイルをしている。

蜘蛛のお化けのような大きなオブジェクト


 それを抜けて前庭に出ると、そこにはまるで蜘蛛のお化けのような大きなオブジェや、白い蝋燭の列のような照明があったりした。これらが眼に入った後で、そこから建物を見上げるようにして撮ると、あたかも闇夜に突っ立っている黄金虫を撮っているような気がした。やはり、ここはバブル紳士の巣窟だっただけのことはあると思った次第である。

六本木ヒルズを見上げる


 ちなみに、これはおもしろいと、私が感心したのは、地下鉄につながるアネックス・ビルの大きなエスカレーターがあるところである。天井を見上げると、外国航空会社の宣伝が見えた。それは、青紫のバックに、日本から飛行機便が世界各地に飛ぶ赤い航跡を示すもので、なぜかこの広告が気に入ってしまったのである。

アネックス・ビルの大きなエスカレーター









 東京イルミネーション(写 真)は、こちらから。




(2010年12月24日記)


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