徒然071.ヒラリーのクルミ割り人形
http://hillarynutcracker.com/より



 昨日、仕事が比較的余裕があったので、いろいろな新聞を眺めていたところ、東京新聞に妙な記事が載っていた。民主党のアメリカ大統領候補ヒラリー・クリントンそっくりの人形があって、その股のところで「クルミ」を割っているのである。つまり、ヒラリー・クリントンのクルミ割り人形というわけである。かつてイギリスに、鉄の宰相といわれたマーガレット・サッチャーがいたが、もしヒラリー・クリントンがアメリカ大統領になれば、それ以上の実力を発揮すると巷間いわれていることは、ご承知のとおりである。

 単にクリントン前大統領の配偶者というだけでなく、それほど賢く、また力強い女性であり、アメリカを代表する知的エリートである。しかし、それだけに敵もけっこう多くて、対立する共和党支持者はもちろんのこと、民主党支持者の中ですら、なかなかまとめきれていない。民主党内の指名をめぐってオバマ議員と相争っており、ここのところ若干リードはしているものの、まだ決着がついたとは到底いえない。

 このヒラリー・クリントンのクルミ割り人形は、そういう政治状況をよく表している。また英語で「NUT(クルミ)」のスラングの意味を考えれば、ちょっと下品だがその位置もぴったりで、これを女性たるヒラリーがバキッと割るというのも、男勝りの象徴のようなものである。それやこれやで、呆れてしまうというか、まあなんというか、ホントに出来すぎた話である。こんなものをよく思いつくなと、ほとほとあきれるほどであるが、それにしても、写真を見たら思わず笑いがこみ上げてきた。

 もっとびっくりしたことは、これを24.95ドルで売り出していることで、通販のサイトまである。まあ、百聞は一見にしかずであるが、そのプロモーションビデオも、実に面白い。それにしてもこれは、日本的にいえば肖像権の侵害というところだが、ヒラリー・クリントンの選対本部の許諾を受けているのだろうか? 無視して放置しているとすれば、なかなか太っ腹、当選も夢には終わらないだろうと思う。


(2007年11月29日記)





http://hillarynutcracker.com/より





【後日談】

 ヒラリー・ローダム・クリントン(61歳)は、その後、民主党内で急速に支持を伸ばした黒人のバラック・フセイン・オバマ・ジュニア候補(47歳)に僅差で破れ、アメリカ大統領選挙からの撤退を表明せざるを得なかった。2008年6月7日のことである。初の女性大統領となるのではと注目されていたが、その願いは虚しくついえた。その後、一時は副大統領となると噂されたが、8月23日、オバマは結局のところジョー・バイデン上院議員を副大統領候補に選び、これでヒラリーが次期政権に入る可能性は全くなくなった。

 ヒラリー・クリントンの自伝を読むと、その最初の挫折は、高校時代に生徒会長に立候補した時のことである。男子生徒の中に混ざってただ一人、女子生徒として立候補した。クラスメートの男子生徒からは、「女のくせに、生徒会長になれると考えるなんて本当にバカだ」と吐き捨てられたという。その結果、当然に落選の憂き目にあう。ところがヒラリーは、当時の生徒会長から頼まれて生徒会委員長の役を任された。この役を通じて、学校のパレードやダンスの催しなど、学校の組織運営を心から楽しんだ。それ以来、リーダーとしての頭角を現し、女性として、数々の壁を打ち破ってきたという。しかしながら、そのヒラリーにしても、結局、ガラスの天井を破ることはできなかったというわけである。

 しかし、バラック・オバマが共和党のジョン・シドニー・マケイン3世候補(71歳)に勝てば、初めての黒人大統領が誕生する。女性大統領は、その次、つまり早ければ4年後、遅くとも8年後に、請うご期待ということになるが、ヒラリー・クリントンはどうなっているか・・・。今回、返す返すも惜しいチャンスを逃したという気がする。



(2008年8月26日記)







(参 考)ちなみに、この写真は本文中の通販のサイトからいただいたものであるが、その趣旨からして、皆さんに宣伝してもらおうというのではないかと思い、特に使用の許諾は得ていない。
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徒然070.ミシュランガイド東京

 11月19日、「ミシュランガイド東京」初版の刊行が発表された。その発表資料によると、要旨次のとおりである。

 アジアへの第一歩として、ミシュランガイドは東京の中心部のホテル・レストランから選りすぐりの178軒の施設をセレクションしました。このうち、ホテルは28軒、レストランは150軒です。(中略) 掲載レストランのうち、

 一つ星 そのカテゴリーで特に美味しい料理         117軒
 二つ星 遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理  25軒
 三つ星 そのために旅行する価値がある卓越した料理      8軒

 一つ、あるいは複数の星がついたレストランは、その国の中だけではなく、世界的にも優れたレストランだということです。 日本においても、星の評価の基準は、ミシュランガイドの対象国である他の21カ国と同じです。これによって、セレクションのレベルを同等に保つことができるのです。その基準とは、素材の鮮度と品質、調理技術の高さと味付けの完成度、オリジナリティ、コストパフォーマンス、常にクオリティを保つ料理全体の一貫性です。これらの基準は、日本料理をはじめとする、あらゆる種類の料理に適用することができます。 「ミシュランガイド東京」初版で選ばれたレストランのうち、日本料理は60%以上を占めるという栄誉に輝きました。この中には、懐石、割烹、ふぐ料理、そば懐石、寿司、天ぷら、鉄板焼き、うなぎなどさまざまな様式の料理の大半が含まれています。残る40%には、フランス料理、イタリア料理、スペイン料理、中華料理などが選ばれています。」


 これを見て、恥ずかしながら、私が行ったことがあるところを数えてみると、一つ星が6軒、二つ星が3軒、三つ星に至っては1軒もなかった。東京の真ん中に住んでいながら何ということだとなるところであるが、ここで改めて、自分の生活がいかにシンプルライフであることを再認識したというわけである。一言、負け惜しみをしつつ弁解すれば、この年で食べ歩きをすると、BMI(身長体重指数)が爆発的に増えることは間違いない。

 ちなみに、三つ星レストランといえば、家内は、娘と銀ブラをしていた時、たまたまそのうちの一軒に迷い込んだそうな。そこでどうだったかと聞くと、大トロなど確かにおいしかったし、雰囲気もよかったが、お会計のときに目を丸くした由。なるほど、味にびっくり、お勘定にもびっくりという二重ショックが、こうした三つ星レストランの証なのかもしれない。

 なお、赤坂で私が鶏肉のフォーをよく食べに行くベトナム料理「アオザイ」の真上の二階に、一つ星レストランがあったとは知らなかった。私がお昼にニョクマムをかけて、美味しい美味しいと、フォーを喜んで食べているときに、真上の座敷でそういう料理が提供されているとは全く知らなかった。話の種に、今度一回、家族で行ってみようかと思っている。

 そうそう、たとえば、クイーン・アリスとか、一時は料理の達人などといって一世を風靡した道場六三郎のお店のように、今回、星がつかなかったレストランのオーナーシェフは、少しがっかりしているに違いない。その反面、船場吉兆の偽装事件があったばかりだから、ミシュラン側は、吉兆を入れてなくてよかったと思っているかもしれない。

 まあ、そうした枝葉末節はともかくとして、これでお客さんが来たときとか、家族の記念などに安心して使えるような、ちゃんとしたレストランの目安ができたことは喜ばしいことである。そういう意味で、今回、星のついたレストランにはこれに慢心せずに更に精進してほしいし、反対に星がつくことを当然と思っていてつかなかったレストランは、何が足りなかったか自ら突き止めて一層努力すればよいのだから、東京のレストランの質が底上げされる材料となることは確かであろう。




(2007年11月22日記)




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徒然069.人工多能性幹細胞(iPS細胞)

 いやぁ、これには驚いた。いわゆるES細胞(胚性幹細胞)ではなく、皮膚細胞などから万能細胞、つまりiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作り出したという。日米2つの研究チームが別々に発表するということだが、特に京大の山中伸弥教授と高橋和利助教のチームはすばらしい。というのは、競争相手のウィスコンシン大学のチームが胎児や新生児のものを使ったのに対して、ヒトの成人の皮膚細胞から作り出したからある。

 そのやり方は、体細胞をいったん胚の状態に戻すために働く4つの遺伝子を、レトロウィルスを使って皮膚細胞に入れ込んだというものである。そしてこのiPS細胞が、軟骨細胞、神経細胞、筋肉細胞に分化していくのも確かめているというから、本物である。ちなみに、2004年から5年にかけて、ソウル大学の黄(ファン)教授が捏造した幹細胞は、受精卵に由来するヒトクローンES細胞である。

 同じ幹細胞でもES細胞と違ってiPS細胞は、受精卵を壊すという倫理的問題を回避できるし、山中教授のやり方であれば成人自身の細胞を使うのであるから、それをその成人にまた戻せば、拒絶反応は起きない。したがって、たとえば今は心臓のバイパス手術のためには、自分の太ももから採ってきた血管を使うが、この技術があれば体外で培養した血管で間に合う。それからそもそも心臓がアウトになっても、これまた同様に体外培養の自分の細胞由来の心臓を移植すればよい。それが腎臓や肝臓、筋肉や骨の組織でも同じである。

 白血病だって、自分の皮膚から細胞をとってそれを白血球に分化させて大量に培養し、また自分の体に戻せば一発で片が付きそうである。スーパーマンを演じた故クリストファー・リーブは落馬で脊髄を損傷して車いすの生活を強いられたが、これだって自分の細胞で脊髄の神経細胞を作り出してはめ込めば、すぐに直りそうである。

 まあ、それやこれやで、簡単な又は単純な組織や器官から始めて、だんだん複雑な治療が可能となり得て、しかもそれらがいずれも抜本的に完治する治療となる。まさに再生医療の世界が到来したというわけだ。これはすごいことだと感心するのは、私だけではあるまい。もっとも、今回使われた遺伝子の中にはガンを誘発するものが含まれているというし、またレトロウィルスの安全性にも慎重な研究が求められる。そうした困難はあるとしても、ともあれ、すばらしいことではないか。これこそ、ノーベル賞ものの研究といえよう。

 ところで、願わくは私の人生がジ・エンドとなる前に、この技術が普及して一般の治療に使われてほしいものである。えぇっ、何に使うのかって? 幸い、今のところは内臓系統や筋肉骨系統などは全く問題ないし、必要が生ずるとすれば、やや記憶力が鈍ってきた「頭」と・・・それに年相応の「顔」かもしれない。ははぁ、そんなものの取り替えは当分の間は無理だって?・・・。しかしせめてこの技術で、外付け記憶細胞なんて、作ることはできないものか?

(2007年11月21日記)


【後 日 談】

 ところで、この記事が出てわずか10日頃たった時点で、早くも次の段階に進むような記事を見かけた。それは、同じく山中伸弥教授が、万能幹細胞を作るために皮膚の細胞に組み込む4つの遺伝子のうち、がんの発生に係わるといわれるc−Mycを除外した残りの3つの遺伝子で、成功したというのである。培養条件を見直したものだが、それでも作成効率が多少落ちる程度で、うまくいったらしい。

 マウスの細胞で実験したところ、c−Mycを含んだ4つの遺伝子で作り出したマウスには、37匹中6匹で腫瘍ができた。ところがc−Mycを除外した残りの3つの遺伝子の場合は、マウス26匹を100日間、育てたものの、1匹もがんにならなかったという。


(朝日新聞、2007年12月1日記事)





人工多能性幹細胞(続報)


山中伸弥教授にノーベル賞





カテゴリ:徒然の記 | 21:21 | - | - | - |
徒然068.携帯さまのお通りだ



 最近、若い人を中心に、所かまわず携帯電話を触っている人が多い。自分の顔の前にまるで神社のお札のように携帯をかざして、そのまま道を歩いていたり、甚だしい場合はその格好で自転車に乗っている。きょうも、自宅マンションを出て近くの駅に向かって歩いていたら、前からアベックがやってきて、それも二人そろって携帯電話に夢中である。あれれ、危ないなと思っていると、そのままかまわずに私に向って突っ込んで来るものだから、身をかわして避けた。ぶつかる寸前である。

 しかし、これはまだ良い方で、特に自転車の場合は危なくてかなわない。先日も、私が歩道を歩いていると、前から若い男が自転車に乗って、片手で携帯電話を触りながらやってくる。そういう自転車に限ってふらふらと運転しているものだから、どちらに行くのかわからない。歩道の脇に立ち止まってやり過ごした。こんな調子で自転車を漕いで、誰かにぶつかったらどうするつもりなのかと思ってしまう。まことになげかわしい社会現象である。そこで一句。


 そこのけそこのけ ケイタイさまの お通りだ


 ところがきょう、思いがけない場面に遭遇した。地下鉄の駅に着いて、その階段を下っていたときのことである。ジーパンをはいて肩に斜めに大きな荷物をしょった若い女の子が、下から上ってくる。その片手には携帯電話が握りしめられていて、おそらくメールを打っているのだろう。親指を一心不乱に動かしている。肩の重たそうな荷物が上下しているので、「あぁ、危ないな」と思ったとたん、その女の子は階段に躓いてバタリと前のめりに倒れてしまった。

 しかし、この子は、五体投地のごとくに全身を投げ出すほどひどく倒れたのに、その携帯電話だけは、まるでお札を拝んでいるようなスタイルで手に握りしめていた。おぉ、なかなか良い根性をしているなぁと思ったのは、私だけではない。幸い、特に怪我はしなかったようだ。




(2007年11月18日記)



カテゴリ:徒然の記 | 21:49 | - | - | - |
学生と弁護士の二極分化


 秋も深まりつつあり、東京都心でも、木の葉が舞う季節となった。私は、今年から二つの法科大学院で教える立場となり、準備万端を整えて授業に臨んでいる。この二つの法科大学院、ひとつは東大、もうひとつは早稲田で、いずれもトップクラスではあるのだが、これまで授業をした限りでは、妙な共通点があるのである。それは何かといえば、学生に文章を書かせると、論証の進め方及びその論拠について、簡潔にして必要十分、それこそ文句のつけようのないものを書いてくる人が2〜3割いると思えば、その反対に、いったい何だこれはという妙な文章を書いてくる人たちも3割くらいはいるという現実である。要は、学生が全く二極分化していると考えられる節がある。

 前者のトップグループの学生たちは、もうこれは放っておいても自分でどんどん吸収していって、新司法試験だろうが何だろうが、必ず一発で合格するという実力を備えた連中である。問題は後者のグループに属する学生たちで、聞くと、「3年です」と答え、ひょっとして社会人だったのかと尋ねると、たとえば「ええ、システム・エンジニアでした。」とか、「いいえ、工学部でした。」などと答える。そして、そういう人たちこそ、教室の最前列に陣取り、実に熱心に教授の話を聞いてくれる、ありがたい学生たちである。ところが、文章を書かせると、本筋を必ずと言ってよいほど外しに外して、枝葉末節の方に入り込んで、訳のわからない状態に陥るという特徴がある。しかも、こういう人に限って、適性試験の成績が優秀なのだから、この試験がふるい分けの役に立っていないという例証のようなものである。大方の法科大学院が既修者と未修者とを区別して採っているので、もちろんこの現象は未修者に多いが、既修者の中にもいたので、驚いてしまった。

 そういうようにこのタイプの学生の成績は、本当に何とかならないのかと言いたくなるほどの惨状を呈しているわけであるが、しかし、受講態度はとても立派なだけに、哀れをもよおすのである。私は何とかしてあげたいと思うのであるが、どうもこういうトップ校、特に国立は、大学側のプライドが邪魔をするのか、それとも教える側にノウハウがないのか、あるいはそもそも親切心に欠けているのか、実務の場と研究の場の使い分けをしているのか、どうもよくわからないが、結果的に置いていかれているのではないかと思うところがある。

 そこで、蟷螂の斧かもしれないが、私は授業の中でなるべく具体的な課題を出し、それを文章に書かせて批評するという形式をとっている。時には添削し、ときにはモデルとなるものを示し、何が足りないか、何が余計か、論証の進め方はこれでよいかなどという点を学生にわからせようと努めている。しかし、それでも、一流グループが書いた文章は添削の必要がないくらいである反面、出来ないグループが書いた文章は、すべて真赤になるまで根本的にひっくり返してやらないと、物の役に立たないほどなので、これまた悩みの種なのである。

 こういう話を、とある法科大学院の院長先生に打ち明けたら、「実は自分のところも全く同じで、もうそういうグループの学生には、『あなたにはこの道は向かないから、卒業後は別の進路を探すように』と言い渡している」という。なるほど、私みたいに救ってやろうと変にじたばたするより、それが本当の親切というものかもしれない。それにしても、法科大学院制度というものは、罪つくりな制度である。

 その院長先生いわく、「法科大学院制度や新司法試験というものは、それまでの司法試験が受験技術のテクニックに偏りすぎていたという反省の下に作られたと思うのですが、このままでは新司法試験に受からない人たちがどんどんと積み上がり、また昔のような、受験技術を競う予備校がはやるかもしれないと危惧しています。」とのこと。確かに、特に未修者が5年以内に3回しか受験できないという制限を気にして準備が出来ていないと受験を控えるようになり、そういう隠れ浪人が増えていくと、また以前のような司法試験予備校が求められるのは時間の問題かもしれない。

 元はといえば、7〜8割は新司法試験に受かるといい、その反面で合格者数を3000人に限るという司法改革時の表明が問題なのである。それを前提にすると、3000人÷0.7=4300人程度を法科大学院の定員としなければならないというのは明らかなのに、それを制限せずに野放しというのでは、最初から計画は破たんすることが想定されていたというほかない。もう乱立してしまった法科大学院の定員を今さら削減できないというのであれば、これを解決するためにはその合格者数3000人というものを大幅に増やすしかないと思われる。

 ところが最近、特に地方の弁護士会が、これ以上、合格者を増やすのは反対だという意見表明をするところも出てきた。事実、今年の合格者1851人について、来年2008年の弁護士会の受け入れ数のアンケートをとったところ、最低約200人は必ずあぶれるという結果が出ていると聞く。そもそも今年2007年には、9月に1600人、12月に1000人が司法修習を終了している。これらの人たちの就職大キャンペーンを展開して、それでも一時は100人近くが危なかったが、ようやくどこかに押し込まれたようだ。そういう調子であったので、見方によれは、それらがいわば需要を先取りしたわけである。そういうことから、今年以降、ただでさえだぶつき気味の新卒弁護士の需給は、ますます供給過剰に陥っていくに違いない。

 そこで、当面の問題として次にどうなるかという点であるが、新卒弁護士の中でも二極分化が起こるであろう。一方では、東京の四大弁護士事務所で企業法務やM&Aなどを手掛けて羽振りがよいが、その代り、明け方まで死に物狂いで働く弁護士であり、他方では、地方でのんびりと一般の法律相談を受けて細々と暮らす弁護士である。初任給の年間の報酬は、1200万円程度から300万円程度までの開きがあるだろう。要するにこの世界でも、最近の一般の社会と同様、リッチ・アンド・プアーに分かれていくものと考えられる。数が増えるということは、つまり、そういうことなのである。 


法科大学院 





(2007年11月17日記)




カテゴリ:エッセイ | 17:21 | - | - | - |
また万惣のフルーツオムレツ
万惣のフルーツオムレツ カエルの顔


 神田にある万惣のフルーツオムレツ、これを去年の今頃、食べに行ったことを思い出し、二人でまた行ってみた。どうも本格的に寒くなる前に、自然と体が栄養を付けたくなるのかもしれない。我ながら、まるで冬眠を直前に控えた熊さんのごとくである。前回、同じ万惣に行ったときには、フルーツオムレツを食べたが、その不思議な食感が残っていて、今年も再び挑戦してみたというわけである。昨年のエッセイで、フルーツオムレツについては、こう書いたものである。

 「(ウェイトレスさんが)フルーツオムレツを持ってきた。これが誠に妙なものというか、変わった食べ物なのである。まず、バナナ、パイナップル、いちご、キウイフルーツなどの塊りが敷かれているその上に、とても大きな半円形の、ぽってりとした黄色の玉子焼きのようなものが載っている。まあ、オムレツといえばオムレツといえないわけではないが、中を割ってみると、とろりとしたクリーム状となっている。色はカスタードクリーム風だけれども、まるで泡のようなもの。食べると、すぐに溶けてしまう。こんなものを、どうやって作るのかという感じなのである。本当に、不思議としかいいようがない。」

 そこで今回、調理場の方を眺めていると、コックのお兄さんが、何かをオーブンに入れて、その出来上がりを待っている。するとしばらくして、黄色のお皿を出してきた。ああ、あれがフルーツオムレツかなと思っていたら、本当にそれを私のところに持ってきた。どうやら、泡立てたカスタードクリームをオーブンで焼いて、それでこのオムレツ風のものが出来るらしい。去年より賢くなったのは、これだけで、やっぱりどう作るのかはよくわからなかったものの、食べ終わったときの甘くて頼りない食感には全く変わりがなかった。

 今日のフルーツオムレツの写真の二枚目は、フルーツオムレツを縦横の十字形に切ったときのものである。これを見て家内いわく、「一枚目の写真はカエルの顔、二枚目の写真はカニの顔。」 ううむ、なるほど、特に二枚目の写真は、ナイフとフォークをカニのはさみと見立てれば、確かにそう見える。

万惣のフルーツオムレツ カニの顔



 ちなみに今日は、「うどんの日」とのこと。




(2007年11月11日記)


カテゴリ:- | 01:05 | - | - | - |
徒然067.「クォーク」4個の新粒子を発見
 2007年11月9日、茨城県つくば市にある「高エネルギー加速器研究機構」は、素粒子「クォーク」が4個結びついてできた粒子を発見したと発表した。陽子や中間子などのごく一般的な粒子のクオークの数は2個か3個なので、明らかにこれは新しいタイプである。その質量は陽子の約4.7倍であり、中間子とほぼ同程度であるが、中間子と大きく異なる点は、電荷を持っていることだという。

 この成果は、つくば市にある大型実験施設「Bファクトリー」を使って発見したもので、電子、陽子等を光速近くになるまで加速して衝突させる実験を繰り返したところ、約6億6千万回分のデータから、この新粒子ができたとみらられる事例を約120件見つけたとのことである。ぶつけたら壊れてバラバラにると思うのが素人考えであるが、陽子と陽子がぶつかって、融合してしまったのか?

 欧州に近くできる超大型加速器を別に使わなくとも、日本にある小型のものでも努力してかつ運が良ければ一定の成果は出るものだという格好の例ともいえそうである。それはともかく、この成果がきっかけとなって、新しい基本粒子が今後とも発見されていくかもしれない。そしてそれは、宇宙誕生直後の世界の姿を明らかにしてくれるものと思う。




(2007年11月9日記)





次の宇宙論をご参照ください。


ワープする宇宙
パラレル・ワールド
エレガントな宇宙論
ハッブル宇宙望遠鏡






(2007年11月25日記)





カテゴリ:徒然の記 | 10:51 | - | - | - |
安倍川から赤福まで

 人の特徴を区別するメルクマールは色々とあるが、その中に甘党と辛党という区別がある。私はもとより、その両刀使いではあるが、実は家内とともに、かなりの甘党である。今住んでいる関東とそれから出身地の中部地方の和菓子には、我々の好きなものが多い。たとえば、安倍川餅という和菓子がある。これは、柔らかくて小さなお餅にきな粉やあんこをまぶしたもので、江戸自体以来の静岡の名物である。製造メーカーによっってさまざまなタイプがあるが、普通は小さなパックに小分けされている。

 そのパックは清潔な感じで、しかもしっかりと包装されているが、意外と開けやすい。いざ開けてみると、その中にはたとえば餡もち1個ときな粉もち2個が入っている。それには、竹で出来た小さな洒落た楊枝が添えられていて、これで食べるようになっている。また、きな粉もちのきな粉の量が少なくて物足りないと思ったら、紙製の小袋の中に追加できる少量のきな粉がちゃんと用意されていて、それを開けて振り掛ければよい。和菓子としてよく考えられており、中部地方を中心として全国ベースで売られているという理由も、なるほどと納得できるものである。

 先日、田舎に住んでいる親戚から、和菓子をもらった。葛餅である。関東近辺では、見たこともないメーカーだが、包みを開けてみると、ひとつひとつ小分けされていて、一個の包みには葛餅の入った小パックに、黒蜜、きな粉、それにプラスティック製の小さじが添えられていて、全体がまあ格好よく包まれている。外観は、まず合格といってよい。

 さて食べようとして、まずは葛餅の小パックを開けようとした。ところが、ここで手間取ったの何のって。だいたい、表面のプラスチックの一枚がなかなか開けられないのである。しばし格闘してやっとのことで、何とか開けることが出来た。ところが、その小パック一杯に中身が詰まっているので、まず、葛餅をちょっと食べないと、黒蜜やきな粉が振り掛けられない。そこでプラスチックの小さじを手に取ったのだが、これがまた小さ過ぎて、小学生でも持つのに苦労するだろうなぁと思うくらいである。ま、それでも何とか余裕を作って、それでまず、きな粉を掛けようとした。そして、やや大きめのきな粉の袋を手にとって開けようとしたものの、これもまた頑丈で、なかなか開かない。

 そうこうしているうちに、一挙に開いたのだが、それの勢いがあまりにも強すぎたものだから、何と、きな粉が50センチ四方に飛び散ってしまった。さらに間の悪いことに、そのきな粉が鼻に入って、止める間もなくくしゃみが出てしまい、さらにきな粉が飛び散った。こうなるともう、食べるどころではないではないか。そもそも、こんなお菓子を作った人は、実際に自分で食べてみたことがあるのだろうか。あったとしたら、よほど力の強い人に違いない。私はもう、こりごりしたので、二度とこんな和菓子は食べたくないと思った。

 考えてみると、こういった和菓子という小さな産業分野でも、デザインや味、値段などにそれなりに頭を使っただけでは、全国区に通用するようなお菓子にはならないのだろう。やはり、顧客に満足感が残って、また買おうという気持ちを呼び起さないといけないのである。この田舎の葛餅のように、二度と買うものかという気をお客に起こさせるなど、論外なわけである。こういう顧客第一の姿勢に基づいての、ちょっとした知恵と配慮と工夫の有無が、全国区のお菓子となるか、それとも一地方の名もないお菓子となるかの分かれ目なのである。

 私の住んでいる文京区に、二つの有名な和菓子店がある。ひとつは、根津のタイ焼きで、これは元駐日米大使だったモンデールさんご夫妻が、これぞ日本の味といって絶賛していたものである。何の変哲もないタイ焼きであるが、焼きたてはとても美味しい。北海道からも、噂を聞きつけて買いに来るほどである。もうひとつは、大塚の講談社前にある群林堂の大福であり、大福本体よりも豆の方が多いのではないかと思うほどに、数多くの美味しい豆に囲まれた大福餅なのである。この二つの店の共通点は、一日に作る量が決まっていてその日の朝に作ったものそのまま店で売り出して、売り切れたらそれで店を閉じてしまうというスタイルをとっていることである。たとえば根津のタイ焼きは、大鍋いっぱいに作った十勝の小豆がなくなば、それでハイおしまいとなって、その時いくら列ができていても、閉めてしまう。吉祥寺にも、羊羹であるがそんな店があって、午前5時などという朝早くに店を開いて、もう9時過ぎには売り切れてしまうと聞いたことがある。

 それでよく商売が成り立つなと思うところであるが、要するに、身の程を知っているという意味では、なかなか立派な態度であると思う。これに対して、最近の食品偽装で一躍世の中の非難の的となった感のある、伊勢の赤福や北海道の白い恋人は、身の程以上に商売を大きくして、管理できなくなって失敗したのではあるまいか。特に赤福などは、元々は伊勢参りのおみやげで、ほんの30年前くらいから名古屋、そして関西で売り始めたと記憶している。というのは、家内もこれが好きで、大阪から帰京する新幹線をわざわざ途中下車してこれを買い、それで帰った記憶があるからだ。それが今ではどうだ、東京の近くの普通のスーパーでも買えることがある。そして、買うときには「生ものですから、きょう中にお食べください」などといわれる。ところが、実はその赤福餅は、売るまでに冷凍保存したり、それどころか「まき直し」と称して売れ残りをもう一度包装し直して販売したり、「むきあん」「むきもち」などといって売れ残りの再利用を図ったりしていたというのだから、なにをかいわんやである。これでは、食当たりをしなかったのが不思議なくらいではないか。こんな経営者は、商道徳のかけらもないと思うのだが、その実、本人は伊勢地方の商業界の大物だったというのだから、騙された一庶民としては、二重に驚いている。

 しかし、私も、もう少し注意を働かせていれば、こんなことは簡単に見破ることができたのかもしれない。根津のタイ焼きや群林堂の大福のように細々と、しかし気長にやっている商売と違って、赤福は、あんなに大々的に全国区で売り出し、しかもいつ行っても売り切れということがない。それでいて、「本日中にお召し上がりを」などというのは、やっぱり少しおかしいと思うべきだったのかもしれないなぁ。そういえば、食べた赤福が、ちょっと冷たかったり、箱の下の紙とくっついてなかなか剥がせなかったりしたことがあったが、あれは「まき直し」の製品だったのかもしれないと思うと、甘いお菓子も、いささか苦く感じてきた。

 そうそう。そういえば、昨今の政界も「安部首相」から「福田首相」へと、「まき直し」がされてしまったが……… 本日の「安倍川と赤福」の話題とは語呂が合っているだけで、やはり全く関係がないか ……… 




(2007年11月10日記)



カテゴリ:エッセイ | 23:32 | - | - | - |
小石川植物園


 もともとここは、徳川5代将軍綱吉の館林城主時代の別邸の地で、白山御殿とも呼ばれたらしい。享保7年(1722年)には小石川養生所が置かれた。明治10年に東京帝国大学の附属植物園となって、植物の実地研究の場となったものである。この敷地内には、旧東京医学校本館(国重文)が移築されて保存されている。

 園内にはニュートンの万有引力発見のヒントとなったりんごの木を接ぎ木した「リンゴの木」や、メンデルのいたチェコの修道院の庭にあったブドウの木がある。見に行ったけれど、虫に食われた何の変哲もない木であった。

 ところでこの写真は、この季節に唯一、実が生っていたもので、シセントキワガキと書いてあった。写真だと大きく見えるが、実物は、わずか1センチ足らずの柿である。ひょっとして、今我々が食べている柿のご先祖の姿は、意外とこんな小さなものだったのかもしれないる。







(2007年11月4日記)


カテゴリ:表紙の写真 | 11:06 | - | - | - |
教育の森公園


 ここは、徳川光圀の弟である頼元が1659年に屋敷としたもので、その子である頼貞が常陸の国、陸奥守山藩主となった。明治36年に東京高等師範学校がこの地に移り、そして戦後、東京教育大学の敷地となった。そして同大学が筑波大学となって筑波に移転した際、昭和59年にその一部を「教育の森公園」とした。

 このベンチの像に、小さな子が「だっこ、だっこ」とよじ登っていた。







(2007年11月4日記)


カテゴリ:表紙の写真 | 11:03 | - | - | - |
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