徒然023.ある水槽メーカー
2004.07.27 Tuesday | by 悠々人生
今朝の新聞をふと見ると、「観賞魚水槽大手メーカーのニッソー(本社・東京)が民事再生法の適用を東京地裁に申請した」とある。負債の総額は95億円で、その原因は、景気低迷により水槽の需要が減少したこと、バブル期の不動産投資で含み損が生じたこと、大口取引先の倒産で債権が焦げ付いたことであるという。些細なことではあるが、実は私はこのメーカーには、大変お世話になったことがある。その顛末は、私のエッセイ(鯉のお話)で、次のように書いたところである。
「ある2月の寒い夜、勤めから帰って水槽に目をやると、水が大量に減っていた。ベランダに出てみると、そこは漏れ出た水でびっしょりと濡れている。手が切れそうな冷たい水をかきわけてやっと調べた結果が、水槽のひび割れである。底のガラスに亀裂が走っていた。しかし、水は一気に流れ出るというわけでもない。もう午前零時を過ぎてしまっている。仕方がないので、ホースから水道の水を出しっぱなしにして、様子を見たところ流れ出る水と入ってくる水とがどうやら釣り合っている。とりあえずそのままにして、その夜は寝ることとした。寝床の中で、はてどうしたものかと考え始めたら、なかなか寝付けなかった。結局、水槽のメーカーの営業所を電話帳で調べて、水槽の現物を持ってきて助けてくれないか、頼むこととした。
翌朝、ニッソーというメーカーの北区にある営業所が、環八道路を通ってくれば比較的近いということがわかり、電話をして窮状を訴えたところ、快く来てくれることになった。おそらく電器機器のメーカーだったら、こういうわけてはいかないだろう。ペットを扱うメーカーだから、顧客の心がわかるのだろうと思って、うれしくなった。しかしその日は、私はどうしても外せない仕事があり、後ろ髪を引かれる思いで出勤し、あとは家内に任せた。これからは、家内からの伝聞である。
そのメーカーは、四輪トラックに乗って、お昼過ぎに来てくれた。ここで最初に問題になったのは、『ウチの水槽ではない』ということだったらしい。それまで、この会社の水槽を使っていたし、外見もそれとほとんど同じだったから、ついこちらもこのメーカーに声をかけてしまったからである。家内が『まあ、そう言わずにお願いします。今から小売店に頼んでもとっても間に合わないし、水がなくなれば死んでしまうから』といって頼んだところ、それでは仕方がないということになった。
それから、この来てくれた人は、『この鯉は、いくらしましたか』と聞いたらしい。家内が『たった500円でした』というと、安心した顔で作業に取りかかったとのこと。『確かに、500円と50万円の鯉とでは、取り扱いには差があるわね』と家内は笑っていた。ところが、その人は、それから大奮闘してくれたという。この寒い中、暴れる鯉太マンを濡れ鼠になりながら両手で捕まえ、これを予備のバケツに入れた。それから亀裂の入った水槽の濾過装置や玉砂利など一切合切を外し、新しい水槽を台の上に据え付け、またこれらを入れてくれた。そしてゆっくりと鯉太マンをそこに戻したという。家内が心から『ありがとうございました』とお礼を言うと、『いやぁ、こんなことをしているから、当社は儲からないんですよ』というので、大笑いしたという。近頃では、なかなか珍しい奇特な会社である。バブル後の平成大不況は乗り切ったのだろうか。」
確かこの会社は、ガラスの水槽の角を、それまでの直角から丸くしたことでも知られている。これによって、水槽を鑑賞しやすくなったし、角がとがったままで危ないという気もしなくなった。こういう企業こそ、再生してもらいたいものである。
(2004年7月27日記)