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徒然277.独楽とお手玉と人生

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 東京に積雪27cmというめったにない大雪が降った翌日の日曜日、道路にはまだ雪がたくさん残っている上に寒い北風が吹いて、外はともかく寒い。これでは外出するのは無理だなと思っていたところだが、5歳の孫が体を持て余すらしくて家の中で大暴れして、これも堪らない。体を動かしたい年頃なのにこのままだと運動不足に陥るから仕方がないと思って、何処かへ連れ出すことにした。その前に近くの公民館にある図書館に絵本を返却しなければと思って孫と連れだって行くと、地域の子供祭りをやっていた。これは面白そうだし、安全で暖かそうなので、そのままそこで孫を遊ばせることにした。1階で豚汁、ポップコーン、お菓子を貰って大喜び。3階で人形劇を堪能した。それが終わったらカルタ取りの部屋に移って同年齢の子と勝負し、一喜一憂している。5歳になる直前から毎晩、平仮名を少しずつ教えていて、つい最近すべてを覚え終わったばかりだったから、妙なところで役に立った。それに、以前なら、勝負に負けると不貞腐れて遊びにもならなかったが、今回は熱心に最後まで参加していて、その面でも成長している。その調子で、これは楽しんでいるからこのままで良いかと思って、後は本人の好きなようやらせることにした。

 孫は、3階から1階へと下りて行った。そこでは、大勢の子供たちがいくつかのテーブルに分かれて工作教室が開かれている。ところが孫は、そんなものには目をくれようともせずに、子供たちが何人か、独楽、お手玉、けん玉で遊んでいるところに向かって走って行った。どうやらこの子は、文化部系の人間ではなくて、運動部系の人間のようだ。まず、けん玉に手を出したものの、赤く塗られた玉をやたら振り回すものだから、危なくて仕方がない。「こうやるんだよ」と私がお手本を示そうとしたが、あの大きな皿にも乗らないという体たらくだ。やむなく、玉を手で持ってやり方を教えるという始末だ。そういえば、私が子供の頃に、けん玉がちっとも出来なくて恥ずかしい思いをしたことを思い出した。


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 次に、お手玉があった。上手な子は3個を同時に扱っている。孫は、ようやく1個を上に投げて、それを両手で受け止めるレベルだ。これも、「よし、お手本を見せてあげる」と言ったのは良いけれど、あれれ、3個を扱うなんて、とてもとても無理。2個がやっとだ。これについても、そういえば子供の頃に3個投げが出来なかったことを思い出した。やっぱり、運動能力というのは、60年経っても同じなんだ、何の進歩もないと改めて思う。

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 それでは、あそこでやっている独楽なら少しは出来たはずだと思いつつ、孫から借りてやってみたら、なんとまあ、これも回らないではないか。何回やっても、斜めになって隣の部屋まで転がっていく始末。紐の巻き方が緩くて甘いからかなぁ。しかし、お手玉とは違い、独楽ならもうちょっと出来たはずなのになぁ・・・これは退化だと思いつつ、回りの子の様子をよく見ると、だいたい、紐の先からして違っている。あちらの子の紐には先の方に小さな輪があるのに、私の紐にはないではないか。確かに、輪があってそれを独楽の軸に引掛けておけば、投げて床に着くときに倒れている独楽を引き起こす作用が生まれる。それと、私はどうも斜めに独楽を投げているから、そのせいで私の投げた独楽の軸が垂直にならないわけだ。よしよし、その2つを改善して改めて投げてみた。すると、首尾よく成功して、独楽は力強く眼の前で回り始めた。

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 やれやれ、面目は立ったが、私は小さい時から小中高校そして大学に至るまで、いつもこの調子だったことを思い出してしまった。運動神経の良い子は何も考えなくともスイスイと体を動かして何でもできるのに、私は運動にしても遊びにしても小さい頃から誠に不器用で、こうして理屈を考え抜いて何とかやってきた。まあ、才能がない人間なりに、知恵と工夫を総動員して追いつこうとしていたというわけだ。でも、変に才能がなかったので良いことがあったのも事実だ。たとえば、大学のときに、大学紛争の後遺症で世の中で深刻なものが嫌われて軽佻浮薄な雰囲気となり、軽音楽が流行って、ギターやウクレレをつま弾く人が増えた。しかし、私は生来の音痴だし楽器を前にするとそれこそ異邦人のような感じになるので、専らそういうグループには近づかないことにした。ついでに言うと、私は酒も飲めないし、父からの仕送りにも限界があるから、そもそも飲みに行くお金もなかった。それでやることがないものだから、法律の勉強に没頭し、だんだんと法律に親しんできた。それがまあ、半世紀経って今日の法曹としての仕事に繋がっているのだから、世の中はわからないものだ。万事塞翁が馬とはよくいったものである。ちなみにその時、楽器に熱中していた人たちは、すべて引退している。引退して何をしているかというと、昔を思い出しながらオヤジ・バンドに熱中している。それも悪くない人生ではあるが、私には採りえない道だ。しかしこれは、才能のない人間の僻みなのかもしれない。世の中の若い人に申し上げたい。たとえ運動が出来なくても、カラオケが苦手でも、楽器が弾けなくとも、あるいは酒が飲めなくとも、仕事さえ真面目にやっていれば、何とかなるものである。




(2014年2月16日記)


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