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徒然276.新しい万能細胞「STAP細胞」

理化学研究所のホームページ冒頭(2014年2月1日現在)



 いやこれは素晴らしい成果である。朝日新聞の2014年1月30日の記事を引用すると「理化学研究所などが、まったく新しい『万能細胞』の作製に成功した。マウスの体の細胞を、弱酸性の液体で刺激するだけで、どんな細胞にもなれる万能細胞に変化する。いったん役割が定まった体の細胞が、この程度の刺激で万能細胞に変わることはありえないとされていた。生命科学の常識を覆す画期的な成果だ」。これを受けて、研究者、行政などの関係者をはじめ新聞記者まで、上や下への大騒ぎをしている。

 私は、かつて京都大学の山中伸哉教授がiPS細胞を発表したときに、これは生物の神秘の解明にとどまらず、人間の遺伝的疾患その他これまで難治とされていた病気の治療に役立つと考えたが、今回のこの発見が正しいとしたら、それに勝るとも劣らない大発見である。

 この発見をしたのは、理研発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の小保方晴子(おぼかたはるこ)ユニットリーダー(30)らで、これによって作成された新たな万能細胞を、「STAP(スタップ)細胞」と名付けた。STAPとは「刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得(Stimulative-Triggered Acquisition of Pluripotency)」の略だそうだ。

 万能細胞といえば受精卵から作るES細胞と、京都大学の山中伸哉教授が作成したiPS細胞とを思い浮かべるが、前者は受精卵を壊すので倫理的な問題があり、後者はその心配はないが遺伝子を余分に加えるので癌化する危険性があるし作成に2〜3週間、効率0.1%と低いのが難点である。その点、このSTAP細胞は紅茶程度の弱酸性の溶液に浸けておけば2〜3日、30%程度の確率で作ることが出来て癌化はあまり考えなくともよいというのだから、それが本当なら素晴らしい発見である。ただし、現在のところ生後1週間程度の若いマウスでしか実現できておらず、年をとったマウスや人間ではまだ出来ていないというから、まだ基礎段階にとどまっている。しかしながら、iPS細胞に勝る将来性を感ずることが出来るので、これからの発展に期待するところは極めて大きい。

 なお、物理的刺激だけでなぜそのような「細胞分化過程の巻き戻し」が生じるのかということはまだわかっていないが、物理的刺激としてこの「紅茶程度の弱酸性の溶液に浸け」るというほかに、毒液に浸けたり、細い管を通したりしても、程度の差こそあれSTAP細胞が出来たというから、何か生存の危機に瀕したときの生物の自己保存本能の一環ではないかという気もする。いずれにせよこれは、今後の大きな研究分野になりそうである。

 余談であるが、小保方晴子さんが研究データを示して2012年4月に英科学誌ネイチャーに論文を投稿したところ、あまりに単純で奇抜な内容だったために突き返され、あまつさえ「何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」というメールが送られてきたそうだ。ともあれ、山中伸哉教授に続いて、この小保方晴子さんは、ひさびさに日本人の若手研究者でノーベル賞級の研究成果を挙げた逸材となるかもしれない。世界中の研究者による追試の結果が待たれる。





【後日談】  その後の展開 〜 落日の小保方STAP細胞






【理化学研究所発表資料】 HP [2014/02/02 8:13:00]

 体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見

【その補足説明】

1. 体細胞
 動物個体の身体を構成する細胞で、生殖細胞でないもの。血液細胞や筋肉細胞などの特定の機能(個性)をもつ運命付けを受けている。着床前後の初期の受精胚には、体細胞とは違い、特定の細胞の種類への運命付けをされていない多能性細胞が存在し、それらは体細胞とは呼ばれない。

2. 多能性細胞
 身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有する未分化な細胞。万能細胞とも呼ばれる。通常、外胚葉(神経細胞など)、中胚葉(筋肉細胞など)、内胚葉(腸管上皮など)の組織に分化できるかを検証して、多能性の有無を見る。より厳密な検証には、キメラ胚の形成能を確認する。

3. 初期化
 分化した体細胞の核には、その分化状態に応じた記憶が書き込まれている。それらは、核のDNAのメチル化などの化学修飾やDNAに結合するタンパク質の種類の変化などによって制御されることが知られ、エピゲノム修飾やエピゲノム・メモリーなどと表現される。そのため、体細胞から多能性細胞などの未分化細胞に分化を逆戻りさせることを、こうした核の記憶の初期化(コンピューターの記憶ディスクの初期化と似た意味で)と呼ぶ。

4. 分化状態の記憶
 体細胞は一旦分化を完了すると、その細胞の種類の記憶(分化状態)は固定され,運命付けされた分化状態(血液細胞、心筋細胞など)を強く保持する。たとえば、生体の心臓から細胞を取り出してシャーレのなかで培養しても、心筋細胞は心筋細胞ままで、分化状態は保持される。即ち、細胞は自分が何の細胞であるかという記憶を保持していることが判る。これを分化状態の記憶(メモリー)と言う。

5. 全能性
 ほ乳類の初期の受精胚の細胞に見られる多能性(胎児のすべての体細胞へ分化できる能力)とともに胎盤組織にも分化できる能力をもっている未分化な状態。

6. iPS細胞(人工多能性幹細胞)
 皮膚細胞などの体細胞に遺伝子Oct4, Sox2, Klf4, L-Myc(山中因子とも呼ばれる)などを導入して初期化し、多能性を持たせた人工的な多能性幹細胞。ES細胞とほぼ同じ性質、能力を持つ。

7. クローン技術
 体細胞の核を除核した卵細胞のなかに移植することにより、体細胞由来の遺伝情報を持った胚を作成する技術。アフリカツメガエルで最初にこれを成功させた英国のジョン・ガードン卿は、2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した。哺乳類のクローン動物は、英国のイアン・ウルムート博士らが羊で、理研発生・再生科学総合研究センターの若山照彦元チームリーダー(現 山梨大学教授)とハワイ大学の柳町隆造教授らがマウスで初めて成功した。

8. カルス
 ニンジンや大根をはじめとする高等植物の分化細胞を分散するなどしたものを、オーキシンなどの植物ホルモンを含む培養液を用いて培養した時に生じる未分化な細胞塊。細胞が脱分化するため、未分化の状態になると考えられている。活発に増殖しながら、徐々に再分化して、茎、葉、根などの植物の構造を自己組織化する。

9. Oct4遺伝子
 ES細胞などの多能性細胞の未分化性を決定する転写因子であり、多能性のマーカータンパク質を作る遺伝子。iPS細胞の樹立にも必須の因子である。

10. 酸性溶液処理
 古くからの発生生物学研究で、酸処理の細胞分化への影響は検討されたことがある。アメリカの発生学者ホルツフレター博士は、1947年に両生類胚の細胞を酸処理すると神経分化が強く引き起こされる現象を報告している。しかし、酸処理により未分化細胞へ初期化したという報告はこれまでにない。

11. ES細胞(胚性幹細胞)
 ほ乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作製した細胞株で、身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有するもの。マウス、サル、ヒトなどから樹立されており、マウスのES細胞を初めて樹立したマーチン・エバンス卿(英国)らが2007年にノーベル賞医学・生理学賞を受賞した。

12. ライブイメージング法
 細胞を生きたまま、長時間培養しながら顕微鏡で観察する技術。GFPなどの蛍光タンパク質をレポーターにして、細胞の状態をリアルタイムに観察することができる。

13. キメラマウス
 2種類以上の異系統のマウスの胚を融合させて作るマウスをキメラマウスと呼ぶ。今回の研究では、胚盤胞などの着床前胚に、Oct4陽性細胞を細いガラス針で微量注入し、胚に取り込ませた。そして、その胚を仮親のマウスの子宮に戻して着床させ、発生させた。細胞が多能性を持つ場合のみ、注入された細胞はマウス胎児の全身に取り込まれるので、多能性の検証に用いられる。

14. 多能性幹細胞
 試験管内で培養して無限に増殖する能力(自己複製能)を持つ多能性細胞。増殖して増やせる上、体のさまざまな細胞に分化誘導できるため、再生医療の材料としての利用が期待されている。

15. 副腎刺激ホルモンを含む多能性細胞用の培養液
 理研発生・再生科学総合研究センターの丹羽仁史プロジェクトリーダーが開発した高効率なマウスES/iPS細胞の維持培養のための培地。既に市販されている。広く使われているES/iPS細胞の維持培養培地に比べて、維持培養の効率に優れ、低密度に細胞を蒔いた場合にも多くの細胞コロニーが生えてくることが報告されている。

16. 自己複製能
 細胞が分裂を繰り返して、自分の複製を作り続ける能力。細胞は分裂した場合でも、必ずしも自分自身の複製ではなく、分裂した結果、他の細胞へと分化が進むことも多い。幹細胞は、細胞が分裂を繰り返しながら、自分と同じ細胞を作り続ける必要があり、幹細胞の特徴の1つとされる。
 STAP細胞は、樹立された条件下には分裂能が低く、そのままでは幹細胞とは呼べないが、副腎刺激ホルモンを含む多能性細胞用の培養液で培養することで、自己複製能を獲得して、STAP幹細胞という状態に変わることができる。

STAP_Riken-HP2.jpg.JPG






(2014年 2月 1日記)


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