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徒然256.タキシードの着方

タキシード


 私は昔から、男は黙々と仕事が出来ればよいという主義で、食べ物はともかく、着るものには全くといってよいほど無頓着であった。ところが、最近はそういうわけにもいかなくて、三越のドーランドハウス・オブ・ロンドン 程度の背広を夏と冬に合わせてそれぞれ何着か誂えて、とっかえひっかえして着ている。それはそれで見栄えがし、かつ着心地もよいので、もっと早く気が付いていれば、人生が変わったかもしれないなどと思うほどである。

 もっとも、そうやって黙々と働いて得たわずかな稼ぎの使い道を振り返ると、住宅ローンは仕方がないとして、一番かかったのは子供たちに対する巨額の教育費用だ。中高一貫校から始まり、大学院3つ分で、しかもうちひとつはアメリカの大学院への留学費用だから・・・これがまた物入りの最たるものだった。こうした教育費を合計すると、地方の住宅を2軒くらいは余裕で買えるほどだ。まあこれらは、投資というより、むしろ賭けのようなものだと心得ていたものの、そんなことをして全く成果がなかったら、本当に浮かばれないところだった。幸い、子供たちはそれぞれに頑張って、医者と弁護士になってくれたので成果はあがった。だから、小さな家でもそれなりに満足して暮らしている。

 地方から上京して、ファミリーがそれなりの社会的地位を獲得するためには、その東京定住第一世代の人間か、あるいはそれ以降のどこかの世代の人間が無理をしてでも頑張らなくてはならないのは確かだ。まあそんな気持ちだったが、そういうことを顧みると、衣服やおしゃれにかける余裕などなかったというのが正直なところだ。その点、家内も宝石やら毛皮やら高級和服などに全く関心のない人だったから、大いに助かった。その人が何を食べたかを知ることは、その人自身を知ることになるという警句があるが、さしずめ私の場合は、何を食べたか、何を着たかということを云々する前に、全部、教育費で消えてしまった。

 しかし、もはや教育費に費やす必要もなくなり、住宅ローンも返し終わって、身辺のものにもお金を回せるようになった。とりわけ今の仕事に就いてからは、宮中の行事や外国の賓客の接遇に時おり呼ばれるようになった。そうすると必要なので、しっかりしたモーニングを誂え、それを着て出かけている。それでかなりの場数を踏んでいるから、モーニングの着こなしには自信がある。そういうことで、モーニングを着るのには、今や迷うことは何もない。一回だけ、ドレス・コードが「ホワイト・タイ」というのがあり、これはさすがに持っていないので日本橋のデパートで借りた。そのときは、どうやって着るのか、店員さんにずいぶん教えてもらったから助かった。ところがついこの間来た招待状を見ると、ドレス・コードが「タキシード」とあるではないか・・・これは、初めてのパターンである。実は私は、昔々誂えたタキシードを自前で持っているのだけれど、もう何年も着たことがない。服本体と付属の小物を引っ張り出してきて、さあ、どれがどれかとその迷うこと、迷うこと。ここでは、備忘録を兼ねて、覚え書を残しておきたい。



黒の蝶ネクタイ(ブラックタイ)と黒のカマーバンド


 アメリカの映画を見ると、パーティといえばタキシードが定番で、実によく着る機会があるようだ。イギリス映画の007を見ても、ジェームス・ボンドはパーティでは必ずこのスタイルだ。これは、なかなか恰好が良い。なぜかというと、まず、へちま襟といって、胸の前部の両襟が瓢箪を半分に割ったような形で優雅な下膨れの曲線を描いていて、しかもその部分に光沢がある。次に、お腹に巻く黒のカマーバンド、それに黒の蝶ネクタイ(ブラックタイ)がなかなか粋である。ちなみに、タキシード用シャツとしてウィングカラーを着る場合には、この蝶ネクタイを付けるときにそのシャツの首の真後ろにある紐の輪(背テープ)にあらかじめ通しておかないと、上にずれてカラーを外れてしまうので、注意しておきたい。

 ところで、この写真にあるカマーバンドというのは、見れば見るほど妙な存在である。よくよく見ると、旅人が持つ腹巻そのものではないかと思ってウェブを調べると、本当にそうだったので、驚いた。これは、我が国でもフォーマル・ウェアの草分けであるカインドウェアという会社のホームページである。「カマーバンドの原形は、駱駝に乗り砂漠を渡る商人たち(キャラバン)が腰に巻いた帯状の布だといわれています。当時、商人たちは腰に巻いた布中に財産を入れていました。この布はウルドゥー語で『腰』を意味する『kammer』と呼ばれ、やがてシルクロードを渡り、中近東から東欧諸国の民族衣装となっていきました。19世紀の後半、タキシードの中にベストを着るスタイルが狩猟でした。しかし、当時イギリス領だったインドに駐留中のイギリス将校たちは、年間を通じて暑いインドの気候に耐えかね、インド人が使用していた幅の広い帯をベストの代わりに着用しました。これがカマーバンドの発祥といわれています。そして、現在の『Commerbund』して定着していきました」とある。

 最後に、ズボン、つまりスラックスは、その脇に1本の縦線(側章)が入っている。ただ、強いていうと、私が持っているタキシードは、へちま襟ではなくてもっとストレートであるが、その代わりシングルではなくてダブルである。どちらかというと、英国風なのだそうだ。カジュアルというより、オフィシャルな感じを与えるようだ。宮中で着るには、その方がよい。まあともあれ、昔オーダーしたものだから、まだ体に合うのかと危惧したものの、着てみたところ、全く問題ない。




黒のエナメル靴


 タキシード一式と書いて一括して保管してある荷物を探ると、黒のエナメル靴が出てきた。ぴかぴかでなかなか素敵だが、残念ながら靴の形が細長すぎて、2Eもない。これは、外国人仕様だ・・・私の足は日本人らしく4Eか、それを通り越してなので、私にとってこの靴は幅が小さすぎる。昔々、これを履いていて痛かったのを思い出した。ところが、今回はシッティング・ディナーがメインなので、まあ大丈夫だろうと安易に考える。なお、この靴は「オペラバンプスといって、元々オペラや舞踏会の際に履く靴でした。靴墨を塗らなくとも光沢を保てるエナメル革を使用しているため、パートナーの女性の大切なドレスやシューズを靴墨で汚さずにするというところから公安されました」とのこと(出典:前出のカインドウェア)。サスペンダーつまり吊バンドが入っている箱があった。そもそもサスペンダーなるものは、肩が凝るので日常生活では私はしたことがない。でもまあ、この場合はやむを得ない。ちなみに、モーニングの場合のサスペンダーは白と黒のストライプだが、タキシードの場合は黒一色である。両端にボタンに引っ掛けるような物が付いた革製の紐が3本あったが、これはサスペンダーをスラックスに留めるためのものだ。



サスペンダー


 白いシャツは、胸の両脇に白い縦襞が付いているタキシード専用のものだ。これを着るためには、オニキスのカフスボタンと胸ボタン(スタッズ)がいる。2つあるうちのひとつの箱を開けると、漆黒に輝くオニキスの周りを金色に輝いているカフスとスタッズが現れた。するともうひとつの箱は、銀色の方だ。ただ、先に金色の方を開けていたので、こちらの方を使うことにした。それにしても、このスタッズは小さいなと思う。これでは、ボタン代わりにシャツに着けるときに落ちてしまうのではないのか・・・これが、まず納得できなかった。次に、シャツの上に黒のカマーバンドを巻いてからサスペンダーをするのか、あるいはその逆にサスペンダーをしてその上にカマーバンドを巻くのかが気になった。後者だとは思うが、いまひとつ自信がない。ポケットチーフもあったが、絹製なので、やや黄ばんでいるように見える。これは新しく買おうかという気になる。



オニキスのカフスボタンと胸ボタン(スタッズ


 そこで、旧知のカインドウェアのお店に電話をした。すると、ポケットチーフの在庫は丸いものしかないという。丸いポケットチーフって何ですかと聞くと、四角い普通のポケットチーフではなくて、文字通り丸くて縁にちょっと色が付いているものらしい。だから、スリーピーク、つまり白い正方形のポケットチーフに3つの山を作って胸ポケットに飾るというありきたりのフォーマルなものとはならない。そうではなくて、もともと丸いその形の真ん中を持ち上げてそのまま胸ポケットに入れれば、ふわっとしたボリューム感が出て、見栄えの良いものになる。その逆に真ん中の部分を胸ポケットの中に沈めて、周囲の縁の色が出るようにすれば、これは派手な感じになるという。これは良さそうだ、では、それを買おうということになって、そのお店を訪れた。その際に、先に述べた2つの疑問点を教えてもらった。



丸いポケットチーフ


 まず、タキシード用のシャツの上3ヶ所に付ける胸飾りボタンつまりスタッズが小さいのではないかという点については、シャツのボタン穴の構造が、上が縦方向、下が横方向にそれぞれ穴が開いていて、それでもって留めるから、落ちるということはまずないとのご宣託だった。簡単な構造だけれども、非常に実用的だ。これには、なるほどと深く納得した。次にサスペンダーとカマーバンドとの関係は、やはり私の推察通り、カマーバンドの方がサスペンダーより上にくるものだという。まあ、これは当たり前で、カマーバンドはいわば飾りで、サスペンダーは下着の一部のようなものだから、そのようなものを上に持ってくるはずがないという。その次に、「カマーバンドはどう付けるのかご存じですか」と聞かれた。しかし、それくらいは、私でも知っていた。これは、横襞の向きが上に来て受け皿のごとくになるようにつけるのである。というのは、昔はここに、カジノで遊ぶコインやチップ、場合によってはトランプのカードを挟んだりするという役割をしていたからだと聞いたことがある。だから、上に向けて着用しなければならないのだ。

 それやこれやで、モーニングと比べてタキシード(ブラックタイ)の場合は、付属品が多いし、それぞれ一筋縄ではいかない。そうこうしているうちに、出発の時間が迫った。まずシャツを着て、それにオニキスのカフスボタンをした。それから胸ボタン(スタッズ)を付けようとしたら、3つのうち、下の2つはすぐに付けられたが、一番上のスタッズがなかなか留められない。さすがにこれは、後で秘書さん(男性)の手を借りて、何とか取り付けた。次に、スラックスのサスペンダーを装着する番だ。これは3ヶ所、難なく付けて、それを穿いた。するとどうだ・・・サスペンダーが長すぎる。それを何とか短くして、体にぴったりの長さにした。これが緩いと落ちてくるし、短いと肩が凝るのでちょうど良い塩梅の長さが必要となる。そうそう、カマーバンドを付けなければ・・・最初、本来装着する位置通りに、その前の部分をお腹側にして、両手を後ろに回して留めようとしたが、とても出来るものではない。仕方がないので、本来なら後ろ側となる留め金部分をまず前にもってきてそれを眼の前で留めて、しかる後にカマーバンドをぐるぐる回して180度回転させた。まるで着物の帯の着付けの要領である。次はと・・・蝶ネクタイだ。これも、長さを調節して、首の回りに着ける。背テープを通すことを忘れてはいけない・・・シャツの襟は、いわゆるガル・ウィングだから、これは付けやすかった。そして最後に、上着を着る。その状態で、記念の写真を撮ってみた。我ながら、まあまあ、恰幅良く写っているではないか・・・馬子にも衣装という言葉が頭に浮かぶ・・・これで良しとしよう。



(2012年10月 4日記)


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