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徒然241.父の一周忌

玄関脇の朝顔


 父の一周忌の法要があり、帰省した。法要自体は、和尚さんがやってきて親類一同が見守る中、読経してくださって無事に終了した。それから皆でマイクロバスに乗って料亭に向かい、そこで亡き父の思い出話をしながら会食をするというスタイルである。ちょうどフェーン現象の最中であり、気温がぐんぐん上がって37度近くにもなったので、親類の中にはご高齢の方も多いことから、お墓参りはまた別の日にしようということになった。それにしても、田舎の慣習というのは想像を絶するものがある。たとえば、帰り際には参加者の皆さんの両手が重たくて嵩張る引き出物でいっぱいになるようにするということで、片手には大きな果物のバスケット、もう一方の手にはとても大きなバッグを持たせる。そのバッグの中には、商品券やらコーヒーセットやらお餅やら、その他いろいろな品物がぎゅうぎゅう詰めにされる。それだけではなく、お供えのどら焼きの山・・・確かに故人の好物ではあったが、それにしてもなぜどら焼きがと訝しく思うが、それはともかく・・・、それに加えて参加者が申し合わせたように持ってきた箱入りの様々なお菓子が分けられて、どら焼きとともに全員に行き渡るように包まれたお菓子パックが用意され、それもまた持ち帰ってもらう。いやはやこうなると、この法要のあとは、各家庭とも数週間分のお菓子のストックが積みあがってしまうではないかと思うが、どうもそんなことを気にしているようでは、この地では暮らせないらしい。

池の端にある狸の置物


 それよりも忙しいのは、各親類との積る話である。伯母さんとは10数年ぶりだし、あそこの従兄弟とも長らく会っていない。あれあれ、あの従妹とは、20年ぶりだ・・・確か、昔開かれた従兄弟会でお会いしたきりだ・・・などと、それぞれと長らくの無沙汰を埋めるように、話すことが多い。父とよく釣りに行ったとか、お正月のお年玉をもらったとか、そんな話から始まって、今どうしているかとか、子供たちは何しているとか、そういう話をしているうちに、長年のギャップが一気に埋まっていく。親戚とは、良いものである。あれあれ、あそこでは妹たちの旦那さん2人が、いつものようにまた何か大声で笑い、話し、差しつ差されつ掛け合い漫才をやっている。これまた普段とまったく変わらない光景だ。しかし、父が存命中はこの調子で実家へ毎土曜日に一家でやってきて、飲みかつ大いに食べて騒いでいたのだが、賑やかな風景が好きな父には、これを見るのが何よりの楽しみだったというから、深く深く感謝しなければならない。

木瓜(カリン)の花


 それらがすべて終わり、親類一同がその重たい引き出物を車に積んで帰っていった。やれやれ、これでひと段落ついた。仏壇にその旨を報告し、それから家の周囲を歩いてみた。玄関の脇には、朝顔と向日葵が咲いている・・・そういえば、そんな季節だ。あれれ、門の脇の木に花が咲いている。しかも、かなり野性味あふれるピンクの花だ・・・青い空の色とよく調和している。これは確か、木瓜(カリン)の花だと思うが、今頃咲くものなのだろうかといささか不思議な気がする。池の方に目をやると、端にある狸の置物が、相も変わらずに愛嬌を振りまいている。あれあれ、その上がやけに明るいなと思ったら、この法要のためか、庭師を入れて庭の樹木をすべて剪定したようだ。だから、庭が小ざっぱりして見通しがよくなっている。いつもは木陰にいるお狸さんの顔が輝いているように見えるのは、そのせいだ。次に裏庭へ回った。ああーっ、何だこれは・・・父の自慢だった一群のサツキが、ごく一部を残して、野菜畑に変わっているではないか・・・これはまた、大胆なことを・・・。植わっているのはどんな野菜かと思ったら、トマト、きゅうり、茄子・・・いずれも、ちゃんと実が生っている。しかも、食べ頃だ・・・うちの母も、こういう才能があったのか・・・それにしても、花より団子というわけだから、笑ってしまう。その日の夕食には、そうした自家製の野菜が並んだ。それらを美味しくいたただいたのち、母と深夜まで語り合った。そしていささか心残りがある中、翌朝早く、飛行機に乗って帰京した。





(2012年 7月16日記)



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