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人生のTips (4) 日焼けはほどほどに

新宿御苑のハナミズキ



 私の小さい頃には、日焼けをした小麦色の肌は、健康な子供の象徴であった。だから、家でも学校でも、外に出て日焼けすることが大いに奨励されたものである。ちなみにその頃、「ノートルダムのせむし男」というヴィクトル・ユーゴーの小説があって、「ほら、これはクル病といって、日光に当たらないと、こういう体になってしまうのよ」などと脅かされるものだから、日光というものは大事なんだとすっかり信じていた。だから私も、夏休みになると山へ海へと出かけたときはなるべく外にいて、せっせと日焼けをしたものである。日焼けをし過ぎて、おでこや鼻の先、時には背中の皮膚がベロリとはがれたりして、とても痛い思いをしたことも、何回かある。この日焼け信仰というものは、私の子供たちが小さかった頃でも未だに信じられていて、私の家内は、時として1日8時間以上も、幼児だった子供たちを外遊びさせていたものである。だからウチの子たちは、夏でなくとも、もう真っ黒な顔になっていた。

 話は変わるが、今から20数年前に東南アジアで勤務したとき、私はゴルフに夢中になった。コースまで自宅から20分もかからないということもあって、週末になると家内と一緒にフェアウェイをよく歩いていたものである。ゴルフそのものについては、面白いエピソードが多いが、それはまた別の機会に譲ることにして、2年以上にわたって集中的に取り組んだことで腕はそれなりに上がった。しかし、その代わりに顔が真っ黒に日焼けしてしまった。本当に顔が黒いものだから、その結果、日本からやってきたお客さんに、しばしば現地の人と間違えられたくらいである。

 その真っ黒な顔そのものは、日本に帰ってきてひと冬を過ごしたら、ほぼ普通の顔に戻り、日焼けの痕跡はすっかりなくなってしまった。ところがいろいろな研究によると、若いときは日焼けそのものを修復する皮膚の力が働いて、時間が経つとほぼ元通りの顔に戻るものの、実は紫外線による日焼けのダメージは皮膚に蓄積していっている。そして、それは年をとったときに、メラニン色素による顔のシミとして現れてきたり、あるいは皮膚がんとして出てくるというのである。この研究を聞いて困ったなと思って、改めて自分の顔をみると、なんとまあ、シミが結構いくつか出ている。そこで、いつも行く病院の皮膚科で診てもらったところ、若い医者から「ああ、これねぇ・・・日光角化症あるいは老人性色素班です。心配ないですよ」などと、いとも簡単に言われてしまった。「老人性」という言葉が、いささかショックであった。でも、調べてみると、年をとると誰でも自然に出てくるもののようで、健康上は確かにそれほど心配するものではないとのこと。ただし、稀には皮膚がんへと移行することもあり得るらしい。

 そんなことを医者をやっている娘に話したところ、娘によれば、同僚に皮膚がん専門医がいて、その人は、たまたま街を歩いているようなときに、すれ違った通行人の顔に皮膚がんを見つけるということが、年に何回かあるという。それは怖い話だと思って、念のため、築地のがんセンターに電話をした。すると、紹介がなければいけないとか何とか言われたが、そこを何とか是非ともなどとねばってお願いをして、皮膚がん専門医に診てもらった。すると、「いくつかシミはあるけれど、幸いこれらはがんではなく、日光角化症です。でも、どうしても心配なら年に一回ほど来てくれれば、がんになっていないかどうか診ます」と言われた。それでホッと安心してしまい、それ以来、10年近く経つが、2回目の診察には一度も行っていない。のど元過ぎれば熱さ忘れるという諺のとおりで、もはや笑い話の類である。

 それでは日光角化症はなぜ生じるかというと、紫外線による皮膚の日焼けが原因だというのである。特に漁師さんや農家の方など、日光に長時間さらされている職業の方に多いらしい。日光に長時間さらされたという意味では、農林漁業の代わりに私もゴルフに20年ほど「従事」してしまったから、同じようなものである。ちょうどその頃、世界中で使われるフロン類のせいで南極上空のオゾン層の破壊が進み、太陽の有害な紫外線がそのまま地上に到達して人間をはじめとする生物に大きな悪影響をもたらすという研究の結果が公表された。そのため、特にオーストリアとニュージーランドでは、肌に日焼け止めを塗ったり、帽子に日除けを付けたりするようになったという。

 実は私が毎週の運動の種目をゴルフからテニスに変えたのも、前に書いたように単に視力が衰えたということだけではなくて、紫外線対策という意味もあった。神宮には室内テニスコートがあり、日に焼けることなくテニスができるので、もっぱらそちらを使っている。それだけでなく、春から秋にかけて私は、野外へ外出するようなときには、頭にUVカットの帽子を被り、顔に日焼け止めを塗り、長袖のシャツを着るという紫外線対策の完全防備のスタイルで臨むことにしている。東南アジアでの3年間の日焼けというのは、彼の地にはそもそも秋や冬がないから、これは日本でいうと、優に6年分の日焼けに相当するというわけだ。まあこういう話は自分だけ心配していても仕方がないので、ときどきは娘に私の顔を真剣に診てもらって、何か気になるところがあれば、早めに警告してもらうことにした。娘にとっては皮膚がんは専門外ではあるものの、総合病院で勤務していたときには、そういう患者にたびたび出会って、がん専門医に引き合わせたことがあるそうだから、早期でなくともある程度進んでいるがんなら、見つけてくれると期待している。そういうことで、今のところは平穏無事に過ぎている。

 ところで、私が小さい頃に盛んに言われたのは、日光に当たらないとビタミンD不足になり、これがくる病の発症原因になるということである。人間の体はビタミンDを体内で合成できないから、これは食事か日光浴で補うしかない、だから日光を浴びるのは大切だという論理である。ところが、最近は我々の食事の内容が良いから、人間が1日に必要とするビタミンDは、そのほとんどを食事から摂ることができるので、日光は、むかし言われたほどには大切でなくなったようなのである。そんなことを考えて、私の始めた日焼け回避作戦は、やはり正しかったのだと自信を持つようになった。

 ところが、5月7日、AFPから配信されたオーストラリア国立大学のイアン・モーガン教授による最新の研究結果を読んで、私のやってきたその日焼け回避作戦というものは、少し一面的に過ぎたかなと反省するようになった。それは、「東アジアの子供に近視が多いのは日光不足が原因」というものである。それによれば、人間は「日光を浴びると脳内化学物質ドーパミンの放出が促される。このことが、眼球が伸びて目に入った光の焦点が合わなくなることを防ぐ」。だから、屋外に出ずに家の中だけで過ごす子供たちには、近視が多くなるというのである。そして、「若者の10人中9人が近視のシンガポールでは、小学生たちは読書やゲームをしていてほとんど外へは出ない。だから1日に屋外で過ごす時間は、平均でわずか30分であるという。これと比べてオーストラリアの子供たちが屋外で過ごす時間は平均3時間もあって、その結果、ヨーロッパ系の子供たちの近視率はわずか10%である。ちなみに英国の子供たちの近視率は30〜40%で、アフリカではそれがわずかに2〜3%程度とのこと。この傾向は、シンガポールだけでなく、日本、韓国、中国、台湾、香港などの東アジアの都市でも同じだという。そこで同教授は、近視の予防として、通学の時間を含めて2〜3時間、屋外で過ごせばほぼ安全だ」という。

 なるほど、家で勉強やゲームばかりしていると眼が悪くなるということはよく言われていたけれど、一定時間は日光にさらされないと、かえって近視になるとは知らなかった。特に小さい頃は、外遊びは必要なことなのだ。そういわれてみると、これは単に近視の防止というだけでない。そもそも、外で頬に風を感じ、手で土をさわり、足を使って歩き回りかつ走り回るということを通じて、人間としての基礎的な感覚や運動能力を磨くことが出来るのだと思う。ははぁ、なるほど・・・ということは、結果的にウチの子供たちに対する子育て方法は、あれでよかったのかもしれない。ただ、何でも過ぎたるは及ばざるがごとしで、そうはいっても、過度の日焼けは皮膚がんを誘発するから、やはり日焼けはほどほどにしておくべきなのだろう。




(2012年 5月 8日記)


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