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人生のTips (3) 酒と煙草は控えよう

新宿御苑のハナミズキ



  (3) 酒と煙草は控えよう

 なんでも、お酒にかかわる遺伝子は2つあり、そのどちらも持っていると、お酒には強い。西洋人に多いタイプだ。そういえば、外国の映画で男も女も、寝る前にウィスキーのダブルを一杯あおってからベッドに入るというシーンをよく見る。どちらか一方の遺伝子だけだと、お酒は飲めるが、強くはない。しかし、いずれもないと、お酒はまったく飲めずに下戸となる。ちなみに私自身は、別に調べてはいないけれど、たぶん一方しかないのではと思っている。家内は、お酒を少しでも口にしたら顔が真っ赤になって大変であるから、どちらの遺伝子もないものと考えられる。

 私はそれでも、社会に出てから飲む機会が多かったので、ビール瓶にすれば一本、日本酒で一合ぐらいは飲めるようになった。ところが、30歳台に入ってから、東南アジアで勤務したことがあり、そのときは何しろ常時暑い国なので、そういうときにさらに暑苦しくなるお酒など、全く飲みたくなくなった。わずかに、食事の際にワインをたしなむようになっただけで、それ以外はパーティでも何でも、お酒を飲まなくなった。それ以来、日本に帰ってきてからも、よほどのことがない限り、原則としてお酒は飲まないということで通している。

 加えてちょうどその頃、私の仕事の内容そのものが、論理的で細かい法律の条文を扱うという、実に難しい繊細なものとなってしまった。そういうときに、酒などを飲んでいたりすると、細かいところなどはもうどうでもよくなって、どこかで必ずミスや間違いをしてしまうおそれもあった。法律の仕事は酔っ払いの酒飲みにはできないのである。

 しかも、50歳を過ぎてからは、例外的にやむなく飲んだとしても、その日の夜は、早めに寝てもどういうわけか明け方に目が覚めるようになり、そのために飲んだ翌日は1日中眠くて調子が悪いということが重なって、ますます飲まなくなった。だから、失礼ながら宴会などでは飲んだふりをしつつ、料理の方をマイペースでパクパク食べることにしている。昔と違って、さあ飲めなどと無理やり酒を押し付けてくる無粋な人はいなくなったので、助かっている。それでも食事の時のワインだけは例外で、産地と銘柄選びは楽しいし、グラス2杯までは大丈夫である。この程度のワインなら、さほど酔わないし翌日にも持ち越さないから、我ながら不思議だ。

 そういうことで、とりわけ宴会時には、私は常時素面(しらふ)の状態だから、酔っ払いの醜態を目にすることが多い。お酒に酔った人の多くは、大声で笑い、語り、大いに飲み合って、しばらくすると静かになったなと思ったら、もう寝ているという幸せなタイプである。こういう人は、宴会時には手がかからないし、帰りに間違いなく自宅へ届けさえすれば、そもそも取り扱うのに何の苦労もない。しかし、そういう人ばかりではないから問題である。数は多くはないけれど、困ったタイプというのも中にはいる。たとえば、お酒に酔うと眼がすわって訳もなく怒り出す人、しくしく泣き出す人、それに乱暴狼藉を働く人である。若い頃からそういう人たちを見てきているから、あのようには絶対になりたくないと思ってきた。とりわけ、日中は虫も殺さないほどおとなしい人物が、いったんお酒が入ると仕切り板のガラスを蹴破ったりするのを見て、たいへんショックを受けた覚えがある。また、学生時代からの友達で、その人のことは何でも知っているつもりだったのに、あるとき皆で飲みに行ったとき、その人はお酒が入ると泣き上戸になるとわかって、これまた驚いたこともある。目の前でよよと泣き崩れていたのだから、確かだ。普段は決して目にしなかった姿である。奥さんも、知らないのかもしれない。

 そんなことで、私は大勢の宴会よりも、テーブルに少人数で座って食事をするのを好む。そこに美味しいワインと紹興酒でもあれば、最高だ。外国勤務時代には、世界各地のワインがリーズナブルな値段で入手できたから、いろいろと銘柄を調べ、覚え、注文し、試したが、これを通じてかなりの知識を仕入れたものである。我ながら、ソムリエ並みだと密かに思っていたところ、もっと上手をいく人がいた。私と同様に外国勤務中にワインに目覚めて、そのラベルを集めまくり、それだけでは飽き足らなくて、とうとう国際ソムリエの試験に合格してしまった友達がいる。東京駅近くのオアゾの丸善に行けば、そういうときに勉強する厚手の大きな英語の本がある。あんな大量の小難しい内容の知識を丸暗記したそうな・・・それだけでも、尊敬に値する。それに数多の試飲を繰り返し、口頭試験を突破したそうだ。

 そういう友達は稀有の存在で、あとの私の友達の呑兵衛連中は、ただ飲むだけで単なる酔っ払いにすぎない。中には、明け方までかかったそうだが、2人で缶ビールを3ダースも飲んだ人たちがいた。缶ビール1個は350ミリリットルだから、12.6リットルを2人で胃の中に収めた、つまり1人が一晩で6リットルも飲んだことになるが、それだけの液体は一体どこに行ってしまったのかという気がする。人体の驚異といってもよい。まあ、いずれにせよ、お酒はなるべく飲まないようにするというのが、私のポリシーである。

 もうひとつの私のポリシーは、煙草を吸わないということである。20歳になったとき、タバコとはどんなものかと思ってひと箱買ってみたのだが、1か月経っても少しも減らなかったから、そのまま捨ててしまった。煙草はただでさえけむい上に、あの吸ったあとの吸殻の処理と、吸っている途中の煙草の先の火がとても気になったからである。それ以来、煙草は性に合わないと思って手に取る気にもならなくなった。そのうち年月はどんどんと進み、煙草を吸う人は格好が良いという時代から、煙草は健康に悪いという時代に入り、ついに最近では特に受動喫煙は周りの人に迷惑を及ぼすということが知られる時代となり、とうとう交通機関は全面的に禁煙になった。神奈川県などの先進的な県では、受動喫煙防止条例が成立し、病院、学校、劇場、官公庁などでは原則禁煙とし、飲食店、ホテル・旅館、カラオケボックスなどでは禁煙又は分煙を選択するようになった。だから、煙草を吸うのは、もう禁止される時代となったのである。私は、結構、時代の先端を行っていたのかもしれない。

 中には、酒も煙草もやらないで、何の楽しみがあるのかと聞く人がいるかもしれない。20歳台は、麻雀全盛の頃だったので、私も麻雀をよくやり、自分でいうのもなんだけれど、かなり強かった。しかし、30歳台に入って、外国暮らしをしてゴルフを覚えた。それ以来、約20年間、ゴルフに熱中した。毎週末に行っていたから、もう熱狂的といってもよい。しかし、40歳台に入ってハーフで38のスコアを出した頃から次第に熱が冷めてきた。たまたま、研究や本の執筆で忙しくなったこともあって、あんな朝早く起きて1日中拘束されるゴルフが面倒になってきた。そういうときに出会ったのがテニスである。ゴルフはやめて今度はこれに20年ほど熱中した。神宮のテニス・クラブに入り、毎週練習して上手になるのを夢見たものの、残念ながらこれはあまり上達せず、未だにおじさんテニスの域にとどまっている。その合間には、旅行に行くし、写真を撮り、こうやってホームページやブログも作っている。それも仕事をちゃんとやりながらだから、これでも結構、日々忙しいのである。




(2012年 5月 5日記)


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