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人生のTips (2) 正しい情報を見極め

新宿御苑のハナミズキ



  (2) 正しい情報を見極めよう

 裁判官は良心に従ってその職権を行うわけであるが、それ以前の問題として、目の前の情報が本物で正しいものか、そうでない誤ったものかを自らの経験則つまり知識や経験を生かして瞬時に判断しなければならない。まあこれは、どんな職業の人にも当てはまることかもしれないが、ここで誤ってしまうと、それこそ一生を棒に振ることにもなりかねない。今から半世紀ほど前、私が高校生だった頃は、学生運動真っ盛りの時代で、最初は授業妨害程度のかわいいものだった。しかし、次第に先鋭化していき、警察の機動隊に対して火炎瓶を投げたり大学の校舎を占拠したりの乱暴狼藉を働き、ついには革命セクトと称する集団同士で相互に襲撃して殺しあうという事態に発展していった。

 そういう連中に限って、何も知らない新入生に対して格好の良いことを言って勧誘し、気が付いたら火炎瓶を投げさせたりヘルメットをかぶらせてゲバ棒を振り回させたりしているという仕儀になる。私などは馬鹿馬鹿しいと思って、そういう手合いには元より近づかない。しかし当時はそういう人は、むしろ少数派であった。たとえば中学校の同級生でマドンナとして有名だった美少女が、大学に入った直後にこうした勧誘に引っかかってセクトに入り、新宿駅騒乱事件の際にわざわざ上京して線路上で暴れて捕まったというから、あの大人しい楚々とした女性までがと、皆が驚いたものだ。また、こういうこともあった。ある日私は、新聞の社会面を読んでいて、とある指名手配犯の顔写真が目に留まった。過激派同士の衝突で相手を殺してしまった容疑者ということだ。相当に人相が悪いけれど、どこかで見た顔であると思ってその氏名を読んだ瞬間に思い出した。これは高校時代、私のすぐ後ろの席にいた同級生ではないか・・・。彼も、あんな馬鹿馬鹿しい革命話を真に受けて過激セクトに入り、その結果がこれである。1995年末の地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教に入信した連中も、似たような経緯をたどったに違いない。

 だいたい、日本社会というのは、新聞をはじめとして熱しやすく冷めやすいから、もう明日にも革命が起こるというような記事やデマが飛び交うものだ。よくよく思い出すと、八紘一宇だの鬼畜米英などといって国民を戦争へと誘導した戦前の社会でも、同じようなことが起こった。しかし、情報の入手に制約のあった戦前の世界ならともかく、現在のように色々なソースを通じて世界の情報に接していれば、ちょっと考えただけでそんな馬鹿なということが簡単にわかりそうなものだ。それなのに、抗えない時代の流れと言うものでもあるのだろうか、いざそうした極端な社会的事象に直面すると、全く普通の人でも冷静さを欠いてとんでもない方向に行ってしまうことがあるから、よくよく、気を付けなければならない。たとえば、1973年秋のオイル・ショックのときには、日本がその消費量の8割近くを頼っていた中東の石油が、すべて禁輸対象となってしまった。社会のあらゆるところで、石油が足りなくなるからこれは一大事だとばかりに、産業界、消費者、農協まで巻き込んで国を挙げての大騒ぎとなった。しかし、結果はどうだったかというと、日本は他国より高値で輸入できたので、輸入量そのものは例年とさほど変わらなかった。もっとも、その代りに、翌1974年の全輸入金額の約半分を原油・石油製品が占めることになってしまった。ちなみにこの比率は年々低下していって、2011年は、約20%である。

 2009年秋のリーマン・ショック時にも同じことが起こった。新聞雑誌は経済の大混乱で1930年代と同じ大恐慌が起こり、もう世の中はおしまいだという論調まであった。ところが、世界経済の基本的フレームが変わったわけでもなく、アメリカ政府をはじめ各国政府やIMFも金融秩序の混乱を抑え込もうと大胆な政策を講じていたので、まあ1年もすれば元に戻るだろうと思っていたら、実際そうなった。今だと、ギリシャなどの南欧諸国の財政危機に伴うユーロの動向が、経済界の一大関心事である。特に金融業、輸出入業、製造業の皆さんは、固唾を飲んで見守っている。フランスの大統領がサルコジ氏からオランド氏に代わったら、ユーロの防波堤の機能が弱まり、最終的にはギリシャがユーロ圏からの離脱を余儀なくされると思うが、ポルトガル、スペインまで飛び火することはないと考えている。

 ただ、その私でも、東日本大震災の際の東京電力福島第一原子力発電所の事故に当たっては、これからどうなるか全く見通しがつかなかった。万が一、6つの原子炉と4つの使用済み核燃料貯蔵プールが制御できなくなって一斉に放射能を放出するようになったら、チェルノブイリ事故の何倍もの被害になることは間違いないし、そうなると最悪の場合は東日本一円が住めなくなるおそれがあると一瞬にして思った。それなのに、東京電力も原子力安全・保安院も、一体全体どうして良いのかさっぱりわからないという混乱状態であることが報道を見ただけでもよくわかる。そのとき思ったことだけれど、NHKにしても新聞にしても、このときばかりは報道の姿勢がいつもと逆で、危機を煽るよりもむしろ非常に抑え気味に報じていたのが印象的である。だから私は、それでむしろ恐れを感じてしまった。事実、昼間の放送はごく通り一遍の報道であったが、一般の人があまり見ない深夜午前1時からの放送の方は、非常に怖い内容が多くて、これは珍しく真実を伝えているなと思った次第である。まあ結局この事故は、いうまでもなく消防、自衛隊、東電やその下請けの作業員の皆さんの決死の努力、それにとりわけ危なかった第四号機の使用済み核燃料貯蔵プールについては「ごくごく危ない道を渡りながら、ほとんど信じられないほどの幸運に恵まれて、かろうじて無事だった」などの幸運が重なり(今でも避難されている方々には申し訳ないとは思うものの)、放射能の汚染が極めて限定された範囲にとどまったのである。

 この種の事故は、人間の期待や願望とは全く関係なく、文字通り科学の法則そのままに進行するから、とても恐ろしいところがある。私は若い頃、ジェーン・フォンダ主演のアメリカ映画、チャイナ・シンドロームを見ていた。だから、原子炉というものは冷却機能が失われれば、中の核燃料棒がどろどろに溶けて原子炉格納容器の底を突き破って地球の反対側の中国まで行ってしまうというストーリーの知識はあった。もちろん、地球には核というものがあるから、まさか反対側まで行くということはありえないにしても、原子炉格納容器の底が破れてそこから放射性物質がどんどん漏れる事態が進行していて、それを誰も止められない状況だということが理解できた。だいたい、第四号機の使用済み核燃料貯蔵プールには、その格納容器すらなくて、プールの水が蒸発すれば燃料がむき出しではないか。だから、家内、孫、娘夫婦、息子たちに西の方へ行くことを勧めたのは、あながち間違っていたとは思わない。人間、こういうときには、むしろ安全性を見込んだ大胆な判断が必要なのである。

 まあそういうことで、本物の情報と偽物の情報とを区別し、報道とりわけ新聞のいうことに引きずられないことが大事である。私は大学院の授業で、ふと思って、学生さんたちに「新聞は何%ほど真実を伝えていると思う? 『(1)ほぼ100%、(2)90〜80%台、(3)70〜60%台、(4)およそ半分、(5)いやいやそんなもの3割もない』のどれか」と聞いたら、(2)が結構多いし、(1)も少しいたから、驚いたことがある。私と同じく(5)だと思っていたのは、同年代のシルバー学生さんだけだった。でもこんなことは、誰でもすぐにわかることだ。たとえばあなたが、突然やってきた新聞記者に、自分の家の事情などを包み隠さずなんでもしゃべるものだろうか・・・また、たとえこれが真実ですとしゃべったとしても、家族同士それぞれ別々に話す内容が、必ず食い違うはずだ。被疑者の身柄を拘束して取り調べる権限のある検察官でさえ真実の発見は手こずるのに、そういうことをたった数日いや数時間の取材だけで、どうして真実が書けるというのだろうか・・・そんなことは有り得ないはずである。法科大学院の学生さんともあろうものが、なぜそういう常識を働かせることがないのか、実に不思議だと思ったことがある。そういうことで、ただでさえ頭でっかちになっている学生さんの硬い頭をほぐしていくのも、私の役割だった。




(2012年 5月 4日記)


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