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徒然229.亀戸天神 藤まつり 2012年

亀戸天神の入り口



 亀戸天神 藤まつり(写 真)


 久しぶりに亀戸天神の藤まつりに行ってきた。ちょうど、ゴールデン・ウィークの前半で、とても良い気候の季節である。こちらの藤は、350年前の神社創建当時から植えられ、藤の姿は古くは江戸時代の安藤廣重の錦絵にも描かれたということで、東京では有名である。以前訪れたときには、確かに藤の花は見事で、棚からずっしりと重そうに垂れ下がっていたことを覚えている。しかし、今回行ってみたところでは、こぼれるほどに咲くどころか、ほんの少しだけがぽつぽつと本当に情けなく咲いていた程度だった。少し早かったのか、それとも今年ははずれの年だったか、そのどちらかだ。




亀戸天神の鳥居



亀戸天神の藤の花



亀戸天神の藤の花


 しかし、新緑に囲まれた境内は、なかなか清々しくて、気分がよい。たまたまこの日は午前中だったから、人の出はまだ少なくてよかった。これが満開のときには身動きがとれないほどになる。それが、あの朱色の太鼓橋一杯になることもあるから、いささか恐ろしい気がするそういえば、この朱色に塗られた太鼓橋は、数年前に架け替えられていたことを思い出すが、その新装なった橋が出来た直後の藤の花の出来はすごく悪かったというから、やはりそういう人工的な環境の変化が藤の生育に悪影響を与えたことは、間違いない。その点、今年は冬に雨も降らず寒かったことから、梅も桜も2週間ほど咲くのが遅れた。そこから類推すると、こちらの藤も何らかの影響を受けたのかもしれない。



亀戸天神の朱色に塗られた太鼓橋



亀戸天神の亀



亀戸天神の鷺


 亀戸天神というだけあって、池には亀がたくさん放されている。それが池中の岩に登って日光を浴びているから、子供たちは「あっ、亀さんだ。たくさんいる!」などと喜んでいる。亀のほか、池には鯉もいて、悠然と泳いでいる。と、そのとき白くて少し大型の鳥が飛んで来て、丸太の上に止まった。鷺(さぎ)である。鋭い目をして、あちこちを見回し、さっと飛び立ってしまった。実は飛び立つ瞬間を写真で捉えようとしたが、うまくいかなかった。まだまだ修業が足りない。



亀戸天神の本殿


 本殿の前には、お参りする人の波が2列になって続いている。これでは、お参りするまでに時間がかかって仕方がない。いつから、こんなことになってしまったのだろう。気の短い江戸っ子が思いつくはずがない。たぶん、人間の数の少ない地方の風習がそのまま持ち込まれたのかもしれない。浅草寺などは人の数が多すぎるから、いまでもわーっと横一列になっててんでばらばらにお参りを済ませるのが習いだ。私は、この方が性に合っている。何しろ、団塊の世代の過当競争時代を生きてきたからだ。



亀戸天神と東京スカイ・ツリー



亀戸天神の菅公五歳の絵馬


 神社の左手には、この5月22日に開業する東京スカイ・ツリーの姿が見える。藤の花とこのツリーを合わせて撮ろうと思ったが、あまりにも高いことと露出が難しいものだから、うまく撮れなかった。本殿の脇に、五歳菅公像というものがあり、台座には五歳のときに菅原道真公が庭の紅梅をみて詠んだとされる和歌があって、それには「美しや 紅の色なる 梅の花 あこが顔にも つけたくぞある」・・・これで五歳とは、恐れ入る。神社であるから、絵馬がたくさん捧げられている。いずれも、その神社の特徴を現しているから、私は眺めて歩くのが好きなのであるが、こちらには梅の形をした絵馬があると思ったら、この菅公五歳の和歌であった。もうひとつの普通の家形をした絵馬は、亀戸天神の名所である藤と朱色の太鼓橋が描かれていた。



亀戸天神の名所の絵馬


 帰りは、船橋屋に立ち寄って、今日は足を痛めて来られなかった家内のために、くず餅を買って帰った。その箱にあった説明によると、「時は文化2年(1805年)、学問の神様と謳われ、沢山の参拝客で賑わう亀戸天神。その境内に生まれたのが、船橋屋・初代勘助が故郷下総(船橋)名産の小麦粉を用いて作った『くず餅』です。その味は、神社詣でとともに親しまれるようになり、庶民の味・文化として今日まで二百余年、受け継がれて参りました。」とある。家に持ち帰って、二人で黒糖の蜜と、きな粉をかけて味わった。とっても、美味しい。私の家も谷根千という下町にあり、その中には葛餅を出してくれる店もあるのだけれど、この船橋屋のくず餅ほどは、美味しくない。本当に不思議だが、これが長年続いている秘訣なのだろう。



亀戸天神脇の船橋屋くず餅





(2012年 4月30日記)



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