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東京の桜 2012年(1) 靖国三宅坂

三宅坂の国立劇場の桜、駿河桜



  靖国から三宅坂の桜(写 真)

(1)靖国から三宅坂の桜


 前日はせっかくの土曜日なのに一日中大雨だったために出かけられなかったが、きょうは朝から晴れていて、ぽかぽか陽気となった。桜前線は今年は遅れていて、靖国神社内の標準木でみると、東京ではつい前々日に咲いたらしい。そこで家内と二人、まず靖国神社へ行き、それから千鳥ヶ淵の脇を通って、三宅坂にある国立劇場の桜を見に行くことにした。千鳥ヶ淵の桜はすべて染井吉野だからまだほとんど咲いていないはずである。しかし、国立劇場の桜は全国各地のすばらしい桜の木を集めているので、毎年、染井吉野より早く咲く種類の木と、それが咲き終えた頃に咲く種類の木とがあり、しかも花弁の色がより桜色をしているから美しい。東京でも、隠れたお花見のスポットなのである。




靖国神社の桜まつり屋台


 そういうことで、千代田線大手町駅で半蔵門線に乗り換えて九段下に着き、地上にあがった。すぐに靖国神社に向かって歩いていくと、大鳥居の両脇からもう屋台が立ち並んでいる。桜まつりだそうだ。両脇の屋台を眺めつつ前に進んでいくと、大村益次郎の銅像の直下辺りで、何かコンサートのようなものをやっている。その脇を抜けていく。



靖国神社の大村益次郎の銅像



みつまたの花


 植物を売っている植木屋さんのコーナーがある。あれれ、見慣れない妙な花があると思って近づくと、「みつまた」の木だという。するとこれが、みつまたの花ということか・・・確かに、花の付いている小枝が、三つに分かれている。初めて、見た花だ。そこを通って更に参道を行くと、道に面白いものがあった。それは車止めのポールであるが。その断面が桜の花になっている。こういうものは、なかなか思いつくものではない。さすがに、靖国神社だと妙なところに感心してしまった。



靖国神社の神門の菊の紋


 さて、神門をくぐる。菊の紋が印象的だ。靖国の桜についての説明書きがあり、その辺りの木はすべて桜のようだが、残念ながら、咲いているのはさほど多くなくて、染井吉野以外の桜、つまりは山桜なのだろう。花は小ぶりで、可憐な姿をしている。そうした桜の木は、献木によるもののようだ。ちょっと目にしただけでも、「神風特別攻撃隊、第二〇一海軍航空隊、ラバウル海軍航空隊」とか、「海軍一三年櫻」などとあり、戦争の記憶を今にとどめている。先の戦争終結から67年もの歳月が経過したので、関係者の方々は、それなりに歳をとっておられる。だからということでもなかろうが、こういう桜の木という形で人々に思い出してもらって後世に残るという方法も、確かに良いのかもしれない。



靖国神社の車止めのポール


 本殿に参拝し、戦没者の霊安らかにと心を込めてお祈りをした。そして、すぐに南門から出ようとすると、道端にひっそりと碑が立っていた。今まで、気が付かなかったが、ここは幕末著名三道場のひとつ神道無念流の練兵館跡で、高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)、伊藤俊輔(博文)などが入門し、なかでも桂小五郎は師範代を務めたという。ははぁ、神道無念流のことは歴史書で読んだことがあるが、それはここかと、しげしげと辺りを見回した。  この調子では、千鳥ヶ淵の桜はまだ咲いていないなと思ったので、そのまま三宅坂の国立劇場へと向かった。英国大使館の手前に小さな公園があり、そこでまた妙なものを見つけた。「健康の路」といって、足のツボの説明と、「はだしで歩いてください」といって、その足のツボがぼこぼこ出ているところがあった。これは、公園の設計者か区の担当者に、相当この手のものが好きな人がいたに違いない。



小さな公園の足のツボ


 英国大使館を過ぎて、国立劇場のすぐ手前に、実はときどき立ち寄る店がある。それは甘いもの屋で「おかめ」といって、この季節は、桜おはぎがおいしい。ほのかなピンクという色具合も良いし、また桜の香りがほんのりと漂い、食欲をそそるのである。二人でそれをいただいた。もちろんそれだけでなく、私は甘辛弁当、家内は卵雑炊を食べたが、この桜おはぎに勝るものはない。



「おかめ」の桜おはぎ


 国立劇場では、いろいろな桜が満開となっていた。ちょうど「さくらまつり」というのをやっていて、あちこちに緋毛氈敷きの席と赤い笠がさしてあって、お茶とお菓子が供されている。桜の花は、駿河桜(するがざくら)、駿河小町(するがこまち)、仙台屋(せんだいや)・神代曙(じんだいあけぼの)、小松乙女(こまつおとめ)などで、総じて染井吉野よりはピンクの濃い花が多いから、それが青い空の色によく映えて、本当に素晴らしい。たくさんの写真を撮った。これらの花は、染井吉野より早く咲き、しかも花はより長持ちするらしい。まだ咲いていなかった関山という桜の品種は、これは染井吉野よりも遅く咲くそうだ。



国立劇場の小松乙女



国立劇場の小松乙女


 考えてみると、染井吉野はいわゆるF1植物で、それ自体には種ができないから接ぎ木という形でしか増やしていく方法ない。だから、花を付けるのにはさほど熱心ではないのかもしれない。また、日本全国の染井吉野は結局のところ同じ木のクローンであるから、同一の気象条件なら一斉に咲き、散るということで、それがかえって桜としての知名度を上げた所以なのかもしれないと思う。



国立劇場のぼり


 さて、ひとしきり撮った後、三宅坂の最高裁判所の前を通って、国会前庭の桜を見に行った。こちらには、憲政記念館があって、その裏手に桜がある。これは美しいといつも感心している枝垂れ桜はまだ咲いていなかったが、それでもいくつかの桜が開花している。それを撮り回っていたときに、ひとつの銘鈑を見つけた、それには、次のようにあった。



国会前庭の憲政記念館の桜


 この地は、室町時代末期に太田道灌が「わが庵は松ばらつづき海ちかく、ふじの高根を軒端にぞみる」と詠んだことから、海に面して松原が広がっていたものと思われること、江戸時代に加藤清正が住んでいたこと、寛政年間に井伊家のものとなり、幕末に井伊直弼が住んでいたこと、明治期になって弾正台、ついで参謀本部が置かれたこと、明治24年に日本水準原点が置かれたこと、明治27年に衆議院に移管され、憲政の功労者である尾崎行雄翁を追念して憲政記念館が置かれたことが書かれていた。なるほど、日本の歴史そのものである。確かに、桜田門はここから近いので、桜田門外の変で暗殺された井伊直弼は、この地にあった屋敷から出発して殉難したのだろう。そう考えると、桜にまた別の意味があるように思えてきたのである。



国会前庭の憲政記念館の桜から私を見下ろしているヒヨドリの顔


 おやおや、桜の木を見上げていたら、私も誰かに見つめられているような感覚を味わった。ふと、桜の木の中をのぞき込むと、そこに、私を見下ろしているヒヨドリの顔があった。やはり、これは恐竜の子孫に違いない。顔が怖すぎる。いや、これで思ったのであるが、まさに本日は、桜を愛で、死者に思いを馳せ、加えていつになく妙なものを見た日だった。



国会前庭の憲政記念館の桜




(2012年 4月 2日記)


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