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徒然223.東日本大震災から1周年

東日本大震災1周年追悼式


 今日は3月11日、あの東日本大震災が発生した日から、ちょうど1年が経った。東京では午後2時から三宅坂の国立劇場で、天皇皇后両陛下ご臨席の下、厳粛な追悼式がとり行われた。野田佳彦首相をはじめとする三権の長、衆参両議院議員、政府関係者、各国代表団、都道府県知事、被災者代表の方々が参加した。とりわけ、天皇陛下におかれては、心臓バイパスの手術後、つい1週間前に退院されたばかりだというのに、強いご意思でこの式にご出席され、しかも実に明瞭なお声でおことばを述べられたことから、出席者一同の間に、静かな深い感動の波が広がるのを感じた次第である。

【天皇陛下のおことば】

 東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いもがけない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。 この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。


【野田佳彦内閣総理大臣式辞】

  本日ここに、天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、東日本大震災一周年追悼式を挙行するに当たり、政府を代表して、謹んで追悼の言葉を申し上げます。多くの尊い命が一時に失われ、広範な国土に甚大な被害をもたらした東日本大震災の発生から、一年の歳月を経ました。亡くなられた方々の無念さ、最愛の家族を失われた御遺族の皆様の深い悲しみに思いを致しますと、悲痛の念に堪えません。ここに衷心より哀悼の意を表します。また、今もなお行方の分からない方々の御家族を始め、被災された全ての方々に、心からお見舞いを申し上げます。亡くなられた方々の御霊に報い、その御遺志を継いでいくためにも、本日、ここに三つのことをお誓いいたします。

 一つ目は、被災地の復興を一日も早く成し遂げることです。今もなお、多くの方々が、不自由な生活を余儀なくされています。そうした皆様の生活の再建を進めるとともに、生まれ育ったふるさとをより安全で住みよい街として再生させようとする被災地の取組に最大限の支援を行ってまいります。原発事故との戦いは続いています。福島を必ずや再生させ、美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします。


 二つ目は、震災の教訓を未来に伝え、語り継いでいくことです。自然災害が頻発する日本列島に生きる私たちは、大震災で得られた教訓や知見を、後世に伝承していかなければなりません。今般の教訓を踏まえた全国的な災害対策の強化を早急に進めてまいります。

 三つ目は、私たちを取り結ぶ「助け合い」と「感謝」の心を忘れないことです。被災地の復興には、これからも、震災発生直後と同様に、被災地以外の方々の支えが欠かせません。また、海外からの温かい支援に「恩返し」するためにも、国際社会への積極的な貢献に努めていかなければなりません。我が国の繁栄を導いた先人たちは、危機のたびに、より逞しく立ち上がってきました。私たちは、被災地の苦難の日々に寄り添いながら、共に手を携えて、「復興を通じた日本の再生」という歴史的な使命を果たしてまいります。

 結びに、改めて、永遠に御霊の安らかならんことをお祈り申し上げるとともに、御遺族の皆様の御平安を切に祈念して、私の式辞といたします。



 その後、ご遺族代表の方々のことばがあり、岩手、宮城、福島の三県を代表する3人の皆さんが、それぞれの悲しい体験を話されたのである。そのひとつひとつが肉親との別れの悲しい言葉で、参加者の胸に大いに響くものがあった。今回の東日本大震災による被害を数えてみると、死者数1万5854人、行方不明者3155人、避難者数34万3935人、建物全半壊38万3246戸であるが、この数字の陰には、それだけの数の悲劇があると、改めて思い知らされたものである。

 ご遺族代表の3人の中で、宮城県の奥田江利子さんの話は、特に参加者の胸を打った。その語られたところによると、両親と23歳の息子さん、それに9歳のお嬢さんを亡くされたそうだ。その息子さんというのは、大震災の直前に結婚式を挙げて、昨年3月11日の大震災当日がその届出の日だった。大地震が起こり、そこで息子さんは、海からほんの数メートルのところにある避難所へ肉親を捜しに行った。そこへ大津波が襲い掛かり、避難所の近くでご遺体が発見された。その体にすがって、身重のお嫁さんが泣きに泣き、江利子さんご自身も一時は生きていく意味がないと思い詰めたという。ところが昨年7月にお孫さんが生まれ、順調に育っているようで、その子の世話が生き甲斐だというのである。これを聞いて、私は目頭が熱くなったが、私の隣に座っていた高官も、眼鏡を外してしきりにハンカチで目の当たりを拭いていたほどであった。




(2012年 3月11日記)


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