<< 介護付有料老人ホーム | main | 徒然220.上野東照宮の冬牡丹 >>
徒然219.思わぬ怪我

不忍池のゆりかもめ


 先々週の日曜日のことだった。いつもの通り、神宮の室内テニス場でテニスをしていたときのことである。テニスが始まってほぼ1時間が経過し、ダブルスの試合が佳境に入っていた。先方のサーブをブレークし続けてラブ・フォーティまで来た。あとこの一本を取れば、勝ち残れるというとき、私が定位置で相手の強いサーブを打ち返したところ、そのリターンがフラフラとした短いボールで返ってきた。私は再びそれを強いボールで打とうとして、右前方へと一気にダッシュをした。すると、右膝の関節の内側下部、ちょうど、ふくらはぎの上の付け根辺りで、プチッという何かが切れた感覚がした。それと同時に右ふくらはぎ上部全体が猛烈に痛くなり、そのダッシュの体勢のまま右脚を引きずりながら何とか歩いて行って、ネット横のベンチに腰を掛けた。

 私は一瞬、アキレス腱を切ったのかと思った。これを切ると、ブチッという鈍い大きな音がすると聞いていた。そうなると、複雑骨折と同じで大がかりな手術が必要となり、ちゃんと直るまで少なくとも3ヶ月はかかる・・・困ったなぁと思っているところへ、プレーしていた仲間とコーチが駆け寄って来てくれた。コーチに聞くと、アキレス腱を切った場合は、非常に痛くて七転八倒する状態になるという。手元のiPhone 4Sで検索したところ、アキレス腱を痛めたときは、ふくらはぎの下部がへこむそうだ。自分の右ふくらはぎを触ってみたところ、別に変化はない。しかし、ちょうど右膝関節の裏の右ふくらはぎの上部が、とても痛い。右足そのものは持ち上げられるのだが、右足を曲げるとなると痛みが走る。ああ、これは肉離れというものかもしれないと思った。

 そこで、コーチに肩を貸してもらい、片足を引きずりながらクラブハウスまで連れて行ってもらった。そこへ、係の人がビニール袋に入れた氷を持ってきてくれた。それを痛む右膝裏に押し当てて、ひと息いれたところで、回りを取り囲んでいるコーチのひとりが「救急車を呼ぶのは簡単なんですが、どうします?」と聞く。私はとっさに、そんなものを呼んでもらっても、希望する病院へ連れて行ってくれるとは限らないし、だいたい今日は日曜日だから探しにくいだろうと思い、「ああ、結構です。自分で探しますから」と断った。右膝はだんだん痛さが増すが、氷のビニール袋を左手で患部に押し当てながら、iPhone 4Sを左手で操ってまず家内にメールをして、保険証を持って来てくれるように頼んだ。家内は外出中だったので、家に取りに帰るのに、少し時間がある。

 その間に、自分で病院探しをした。まず電話したのが、かかりつけのT病院である。今日は、何科の医者が出ているかと聞くと、泌尿器科だという。ああ、これでは話にならない。そこで、休日診療の案内センターの電話番号を聞いた。03-3212-2323だった。片手がふさがっているだけでなく、そもそもペンを持っていなかったから、耳で聞いた電話番号を丸暗記するしかない。そのT病院への電話を切って、忘れないうちにその電話番号にかけた。幸い、一発で掛かった。必死になると、自然に覚えるものだと我ながら感心する。出てきた係の人に、今日、都心で整形外科を診察している病院はどこかと教えてもらう。信濃町のA病院と広尾のB病院だという。A病院なら、すぐ近くだ。その電話番号を教えてもらい、そこに掛けた。ここにも一発で掛かり、出てきた看護師さんに、「整形で看てもらいたい」とお願いした。では、先生に代わります」と言われて出てきたその先生に、「これこれこういう症状だから、看てください」と語りかける。いやいや、その程度ならまた月曜日にでも」などと言われる。「いや、月曜日にはこんな会議があって、是非お願いします」などと数分間やりとりし、先方が根負けしたようで、では来て下さって結構です」ということになった。

 今から振り返ると、あのとき、たとえ救急車を呼んでも、病院の医師とのこんなやりとりはやってくれなくて、救急隊員がしばらく病院探しをした後、とんでもなく遠くのところにある病院に連れて行かれたかもしれない・・・いや、その可能性が大だったのかもしれないと思うのである。私がなぜ痛い脚を抱えて数分間粘ったかというと、ここが最も最寄りの大病院であるし、腕も良いはずだし、通院にも都合がよかったからである。ところが、いざタクシーで駆けつけてみたら、病院の窓口で、少し手間取った。というのは、診察券がなかったからだ。こういう場合、診察券があれば、スムーズである。でないと、救急診療では相手にしてもらえない可能性が高い。だから、軽いつまらない病気でもよいので、普段から信頼できる大病院の何ヶ所かに掛かって置いて、診察券を取得しておくということは、大都市に暮らす者の生活の知恵である。いずれにせよ、この場合、私はあらかじめドクターの了解を得ているということで押し通し、受け付けてもらった。後から家内に話すと、よくやるわねぇ。仕事と同じ交渉上手ね」などと冷やかされてしまった。人間、窮すると何でも可能となる。

 病院には、テニス場の係の人が付き添ってくれて、肩を貸してくれたので、何とか玄関までたどり着き、そこから車椅子に乗せてもらって動いた。受付を終えてから、救急診察室に入り、そこで待つことにした。そうこうしているうちに、保険証を持って家内が来てくれて、合流することが出来た。そこで待っていると、救急隊員が押すストレッチャーに乗せられた救急患者が、それこそ15分おきくらいに次から次へとやって来る。中には、額がざっくり割れて、血だらけの人がいると思えば、息も絶え絶えの顔が真っ白になったおばあさんや、青い顔をしてぴくりとも動かない若い女性もいる。これは、まさに映画のER(Emergency Room)の世界そのものである。そんな人たちが流れ作業のように私の前を通過する。医師は大変だ。私の娘は、医師としてこういうところに勤務経験があるが、ERは時間と体力と気力の勝負だと言っていたが、その意味がよくわかる。

 そんな中、右膝がひどく痛いくらいの私が混じってよいものかと一瞬思ったが、まあここまで来られたことだし、翌日には大事な仕事もあるからと、そのままじっと待った。右手は患部に氷袋を押しつけているから使えないので、左手でiPhone 4Sを操って、「肉離れ」を検索する。出てきた説明を読むと、やはり冷やすのが良いらしい。「腱断裂」という表現もあったが、区別がよくわからない。前者が俗称で後者が専門用語か?それとも前者は筋肉のことか?まあ、いずれにせよ、治療法は患部をギプスで固定するとあるが、それだと、仕事が出来ないではないか・・・もう少し、軽い処置はないものかと思った。そんなことをやっているうちに、3時間ほど経過して、私の名前がようやく呼ばれて医師の診察を受けることが出来た。まずレントゲン写真を撮らなければということになり、レントゲン室に行く。出来上がった写真を見て、医師は、膝関節の骨は大丈夫だと言った。確かに、大腿骨や膝の半月板などは綺麗に写っている・・・これは良しと・・・。それから医師は、右膝全体を観察し、ふくらはぎに指を当てて痛い箇所を特定した。私が思ったように、幸いアキレス腱は大丈夫で、ふくらはぎの上部の平滑筋の付け根辺りが損傷しているらしいという。私が「それは、いわゆる肉離れというものですか」と聞くと、そうだという。さらに続いて「肉離れと腱断裂とはどう違うのですか」と聞くと、それは同じもので、筋肉が骨にくっつくところが固くなっていてそれが腱だから、要するに柔らかい筋肉かそれが固くなった腱のどこかに損傷があるという意味だ」という。ははぁ、なるほどと納得した。

 医師の説明によると、ふくらはぎの筋肉は、足首の方よりその両側から来る筋肉の腱が膝の関節の裏側で交差してつながっているのと、真ん中にもうひとつの筋肉があってそれがまたその膝の関節の裏側の正面に繋がっているが、その辺りで損傷しているのではないかということだった。とりあえず、本日のところは湿布を貼って固く関節を縛っておくので、明日また来てもらってMRIを撮れば、正確な診断が出来るという。ただ、右足が上がるようなので、そんな大きな怪我とは思えないという診断をいただいた。これで安心して眠れるというものだ。その日は、タクシーで家に帰り、じんじん痛む右脚を少し上に置いて寝た。

 翌月曜日の朝早く、足を引きずりながらやっとのことで歩いてタクシーに乗り込み、整形外科の大先生の診察を受けた。大先生いわく「MRIは当病院では混雑しているので、別に紹介する病院に行って撮ってきてください。それを見て確定診断をしますが、軽い腱断裂のようですね。この程度で済んでよかったと思います」・・・いや本当に、我ながら運が良かった。一時は、松葉杖姿も頭に浮かんだことを思えば、しばらく脚を引きずりながら歩くことくらい、大したことはない。その指示のとおり、別の病院でMRIを撮った。MRIというのはそれで部屋がいっぱいになるほど大きな機械で、カタカタカタッとしょっちゅう騒音がして、うるさいことこの上ない。耳栓をもらったが、そんなものでは役に立たないくらいの騒音である。たかが膝一つ撮る程度のことで、20分間もかかった。動かないでと言われたが、実は途中、寝てしまっていた。我ながら、あのうるさい音の中で、よく眠れたものだ・・・。自分は繊細なつもりだったが、大胆というか、図太いというか、それとも鈍いというか、本当はそちら系だったのかもしれない。

 その写真を持って、K病院に戻ると、ああ、やはりふくらはぎの上部に3ヶ所ほど明らかな出血があります」といわれた。これならギプスを付けるほどではなく、湿布を貼り、できれば3週間ほど、動かさないこと、ただし申し上げておきますが、3週間経って痛くなくなると、直ったと勘違いして再び同じような運動をする人が多いけれど、そうするとまた同じ所を損傷します。これは、直ったといってもまだ筋肉が細いので、切れやすいからです。だから、3ヶ月間ほどは、激しい運動はしないで、損傷したところをマッサージしながら鍛えてください。そうすれば、元に戻ります」とのこと。なるほどと納得し、テニス場には、とりあえず3ヶ月間、休むと連絡した。

 その日から、約1週間ほどは、痛めた右足を引きずるようにして歩き、いささか格好が悪かった。右脚は前に蹴り出せるのだけれど、その脚足を後方に蹴って前に進むことが出来ない。だから、2馬力だったものが1馬力になったようなもので、歩く速度は普通の人の半分に落ちた。膝が曲がらないから階段も歩けないので、なるべくエレベーターに乗ることにした。そうこうしているうちに、徐々に痛みは引いていき、更に1週間経った頃には、ゆっくり歩く分には痛くなくなった。そして3週間目となる本日、やっと普通に戻った。

 これから、3ヶ月間、医師の指示に従って、あまり激しい運動は避け、徐々に右脚を慣らしていこうと思っている。のんびり歩くのが一番かもしれない。思わぬ怪我だったが、軽くて良かった。しかし、つくづく思うに、若いサッカー選手なども肉離れは起こすが、今回の出来事を見ると、私の場合には、寄る年波には勝てず、頭の指令に身体がついて行けなくなったのが原因なのだろう。そうすると、運動種目を変えることが必要なのかもしれない。今日の日経新聞の記事を読んでいると、その中で、新浪ローソン社長が「週2回ジムに通って、へとへとに疲れるまでに運動し・・・徹底的に身体をいじめ・・・」というようなことをやっていたら、「やり過ぎてひざの半月板が割れてしまった」というのがあった。皆さん、年をとると、私と同じような目に遭っているようだ。


不忍池の鴨





(2012年 2月 4日記)


カテゴリ:徒然の記 | 11:35 | - | - | - |