<< 子供は可愛がるべし | main | 六義園の紅葉 (写 真) >>
徒然214.新宿御苑の秋

小福桜(こぶくざくら)


 秋も深まってきた今日この頃だが、先週末のテニスで左手首を痛め、全治10日ということである。ギブスとまではいかないが、それに近い状態で左手を包帯でぐるぐる巻きにされてしまっている。だから、日常の動作は右手一本で済ませなければならない有り様だ。でも、幸いE−P3はミラーレスだから軽いので、片手でカメラくらいは構えられ、そのままシャッターも押せる。ということで、遠出は控え、比較的近い新宿御苑に出かけた。家内も足にいささか違和感があるはずなのに、一緒に来てくれて、ほぼ3時間ほど園内を歩き回った。恒例の菊花展は既に終了して、展示の跡だけが残っていた。園内でまず眼に入ったのは、小福桜(こぶくざくら)で、十月桜と同じく、春と秋の二回咲く桜である。花は八重で、花びらの先端がハート型になっている。青い空をバックに見上げると、可憐な花てある。

石蕗(つわぶき)の花


石蕗(つわぶき)の花


 その次にあったのが、石蕗(つわぶき)の花で、目に染みるような黄色をしている。大勢が群落を形成していて、とても目立つ。菊の仲間らしく、花はそれらしき形をしているが、菊とは異なり葉が大きいのが特徴である。その石蕗の花は、今がちょうど真っ盛りのようで、蜂やら蝶やら蛾が飛んできて、盛んに蜜を吸っている。私がカメラを持ってこんなに近づいても、逃げようともしない。日本も、文明国になったものだと思った。

紅葉の木と子供さん


枯れ葉


枯れ葉


 さて、肝心の紅葉だけれど、桜の木の葉は既に枯れて落ちかかっているものの、もみじの木の紅葉はまだまだである。最近の都心は、かなり暖かくて、早朝になっても気温が10度を下回るという日はまだ数えるほどだから、さもありなんという気がする。そこで、数少ない赤くなった葉を目立たせようとカメラの鮮やかフィルターを使って写真を撮ったら、いやまあこれは、本物より遙かに美しくなってしまった。やり過ぎだ・・・。

プラタナスの並木


 フランス庭園のプラタナスの並木に差し掛かった。葉が落ちるには、まだ早い。もう少し後にならないと、「プラタナスの枯れ葉舞う、冬の道で・・・」の歌(1969年北山修氏作詞)のような雰囲気にはならない。そうそう、それには、木枯らしが吹かないと、感じが出ないではないか・・・。

青々とした紅葉の緑の葉


紅葉の木


紅葉の木


 さらに進むと、日本庭園に差し掛かった。中の池の方を見ると、池の水面に青々とした紅葉の緑の葉が映るのが、幻想的な感じさえする。「何しろ、秋も深まるといいたいのに、こんなに紅葉の木の葉が青々と茂っているなんて、写真にならない」と思いつつ、それでもわずかに始まっている紅葉にカメラを向けて、それらしき景色を切り取ろうとしていった。

山茱萸(さんしゅゆ)実


 赤いグミのような実を見つけた。説明を読むと、これは山茱萸(さんしゅゆ)で、江戸時代に漢方薬(強精薬、止血、解熱)として輸入されたという。花が咲くのは春で、「木全体が早春の光を浴びて黄金色に輝くので、春黄金花(はるこがねばな)」というらしい(季節の花300さん)。そういえば、「庭の山茱萸の木・・・」という歌(稗搗(ひえつき)節)があったなぁ・・・。ああ、今日は歌を思い出す日かもしれない。

歴史建造物の旧御涼亭


 中の池から上の池の周囲を回っていく途中、歴史建造物の旧御涼亭があった。これは、昭和天皇の御成婚を記念して台湾の人々から寄贈された中国福建省形式の建物で、反り返った軒先が独特の雰囲気を醸し出している。昔々、マレー半島の中部のヌグリ・スンビランという地を訪れたとき、軒先が空に向かって大きく突き出している建物を眼にして、「あれはいったい何ですか」と案内してくれた人に聞いたところ、「ミナンカバウ様式といって、対岸のスマトラ島に住んでいる民族の家です。ミナンカバウ人は商才に長けていて、母から娘へと相続する女系家族なんですよ」と説明してくれたことを、突然思い出してしまった。何十年も前のことが、新宿御苑であの反り返った軒先を見たとたん、茫洋たる記憶の中から急に浮き上がってくるとは、人間というものは、なかなか面白いものである。

面白いカーブ


面白い剪定の木






 新宿御苑の秋(2011年)は、こちら。

 新宿御苑の秋(2008年)は、こちら。




(2011年11月23日記)

カテゴリ:徒然の記 | 22:08 | - | - | - |