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徒然212.日本橋架橋百年祭

相馬野馬追


 日本橋架橋百年祭というお祭りが日本橋で開かれるというので、カメラを抱えて出かけた。このお祭りの趣旨は、そのHPによると、「江戸開府とともに架けられ、現在も道路元標のある道の起点として親しまれる重要文化財『日本橋』。1911年に現在(20代目)の石造二連アーチ橋に架け替えられてから、4月3日で架橋100周年を迎えました。名橋『日本橋』保存会ならびに日本橋京橋まつり実行委員会は、これを記念して、『日本橋架橋百年祭』を開催いたします」。それを盛り上げるために、「日本橋、京橋の地元団体、官公署関係団体をはじめとするマーチングパレードが、オープニングを飾ります」ということらしい。

 かつては東海道など全国に通ずる五街道の起点となったその日本橋の橋の上で、「架橋100周年記念テープカットセレモニーと、江戸時代に橋の完成を祝して行われたとされる架橋の儀式『三代三夫婦渡り初め』を再現」したり、「御用船、荷舟、嫁入り舟など当時の様子さながらに約15隻の和船が小江戸3市(埼玉県川越市・栃木県栃木市・千葉県香取市)を出発し、日本橋船着場に集結する」ということだったが、その辺りはもう黒山の人だかりでとても近づけるものではなかった。そこで、コレド日本橋の前にいることにした。

 そうして待っていたところ、ちょうどお昼になった頃に、向こうの日本橋の橋付近で何か始まったようである。あとからテレビのニュースで知ったのだが、日本橋茅場町にお住まいの岸上米蔵さん(百歳)、その息子さん、そしてお孫さんの三代にわたるご夫婦が、揃ってゆっくりと日本橋を歩いて渡っていた。テレビの画面で見る限り、先頭の米蔵さんは百歳という年齢にかかわらず、まだまだ矍鑠としておられるのを見て驚いた次第である。そのほか、ときたまバンバンという爆発のような音が聞こえて白い煙が何本か上がったりしていたが、私のところからはあまりに遠くて、何が行われているか、いまひとつよくわからなかった。これも家に帰ってテレビを見たら、空砲だが川越藩火縄銃鉄砲隊によって本物の火縄銃が発射されたりしていたらしい。そういうことが行われているとはつゆ知らず、こちらは寒風の中をひたすら待ち続けていたら、ようやく12時45分頃にパレードが、こちらの方へと動き出した。


東京消防庁音楽隊 カラーガーズ隊


 第1グループは、オープニングパレードである。

 1. 東京消防庁音楽隊 カラーガーズ隊というのは、よく組織された女性のマーチング・バンドであるが、特に両側から「Capital Tokyo Fire Bird」という旗をもった二人の女の子が満面の笑みを浮かべて、楽しそうな表情で先頭をきって歩いていくのが印象的だった。パレードなるもの、こうでなければいけないという見本のようなものである。

 2.クラシックカーパレードというのは、昔懐かしいビンテージ・カー何台かに分乗して、ただゆっくり走るというものである。乗っている人の中でお名前がわかったのは、扇千景さん、和泉雅子さんくらいで、あとはきものの女王さんなどが車の中から手を振っていた。

 3.三代三夫婦、これがさきほどの岸上米藏さんたち。

 4. 小江戸3市(川越市・栃木市・香取市)代表者


川越藩火縄銃鉄砲隊保存会


 5.川越藩火縄銃鉄砲隊保存会 → 遠くから見ていると、かなりの爆発音と煙が立ち上っていたが、その発射の瞬間を間近に見られなくて残念だった。

 6. 日本橋中学校吹奏楽部
 7. 日本橋女学館吹奏楽部
 8. 城東小学校

 第2グループは、東北復興祈念パレードである。あの激烈な震災と津波の被害を受けた東北各地から、そもそもこういう東京でのお祭りに参加しようという気になっていただいたことだけでも、誠に有り難いことである。本日参加された皆さんは、それぞれに頑張っておられた。


仙臺すずめ踊り


仙臺すずめ踊り


 1. 仙臺すずめ踊りというのは、なかなか軽やかな印象を受ける踊りで、両手に持った色とりどりの扇子を開いたり回したりしながら、体を上下に動かして、ぱっと止まったりする。すずめの動きを模したといわれれば、なるほどそうかもしれないという気もする。しかし、見た目よりは動くのが大変で、これは相当疲れるのではないかと思った。中に、2〜3歳くらいの男の子が参加していて、お父さんらしき人が腰を落としてポーズを決めると、それを真似して、とても可愛かった。

金津流鹿踊、北藤根鬼剣舞、川原鎧剣舞、浦浜念仏剣舞


金津流鹿踊、北藤根鬼剣舞、川原鎧剣舞、浦浜念仏剣舞


金津流鹿踊、北藤根鬼剣舞、川原鎧剣舞、浦浜念仏剣舞


金津流鹿踊、北藤根鬼剣舞、川原鎧剣舞、浦浜念仏剣舞


 次に、2.金津流鹿踊 3.北藤根鬼剣舞 4.川原鎧剣舞 5.浦浜念仏剣舞というのは、秋田のなまはげを彷彿とさせる異様な面といでたちで、剣を振るって舞うというものである。非常に興味深かったけれど、誠に恐縮ながら、初めて、しかもこれらを一度に見た私たちには、もうどれがどれやら、はっきりと区別は付かなかった。しかし、それぞれに深い言われと味わいがあるのだと思う。いつか東北各地を訪ねて、このような民族のルーツとでもいうべきものを、その地で話を聞き、実際に見てみたいものである。

山田町八木節


 以上の剣舞とは少し毛色が変わっていたのが、6.山田町八木節である。これは、蛇の目傘を不思議な拍子を付けて、開いて回して閉じてを繰り返すものだった。これもかなり体力を使いそうで、演じていたのは若い男女の方ばかりだったけれど、小さめの傘を持って参加していた中学生らしき男の子も混じっていて、なかなか熱演していた。


 アスファルトの上に、パカパカッと蹄の音がして、皆が度肝を抜かれたのが、7.相馬野馬追 騎馬武者である。まずその馬たちの美しいこと・・・栗毛、白、白と青など、色は綺麗だし、精悍な表情だし、またそれに騎乗している武士の表情と格好はもう本物だ・・・これは凄いと、見物人すべてが感動した。それ騎馬武者たちが、法螺貝を吹くときなど、本当に来て見てよかったと感激したほどである。考えてみると、この皆さん方は、津波と原発という二重のダメージを受けた福島県相馬市から参加されたのである。震災の時には馬を避難させるなど大変だったと聞くが、よく参加していただいたと感謝したい。


 最後は、第3グループ 〜 架橋100周年記念パレードで、日枝神社、神田明神より地元氏子町会の神輿だった。



 日本橋架橋百年祭(写 真)は、こちらから。



(2011年10月30日記)


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