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スリランカ・フェスティバル

スリランカ・フェスティバル


 代々木公園で、「スリランカ・フェスティバル 2011」というものがあったので、興味が湧き、行ってみることにした。家から千代田線で直行し、明治神宮駅で降りて、そこから体育館地区に沿ってトコトコと歩いた。9月に入ったといっても、まだまだ暑く、気温は当然、30度を越している。今日はスリランカ本国から、チャンナウプリ舞踊団という一流の舞踊団がやってきて、踊りをみせてくれるそうだ。こういう暑い気候でも大丈夫で、踊っていられるのだろうかと思うが、スリランカはそもそも暑い国らしいから、踊り手さんたちは暑い気候に慣れているのかもしれない。いや、それにしても暑いなどと思いながら、歩いていった。

スリランカ・フェスティバル


スリランカ・フェスティバル


 すると、イベント広場に着き、舞台のところまで行った。舞台の正面は来賓席だが、ちょうどその横にンチシートが輪状に広がっていて、そこに座った。来賓や大使の話を総合すると、スリランカは30年ほど内戦が続いて疲弊しきっていたそうだ。私の記憶でも、確かタミールの虎とかいう反乱軍が北部を支配し、血みどろの戦いが続いていた。それをごく最近、政府軍がようやく制圧に成功して、平和が戻ったらしい。来賓の挨拶でも、何年か前にコロンボに行ったときには町は暗くて沈んでいたが、最近再び訪れたところ、もう戒厳令が撤廃されたから街中では遅くまで灯りが点いているし、人々の表情も以前とは打って変わってとても明るくなったと言っていた。なるほど・・・それは、大変だったことだろう。元海軍大将だったという在日大使は、国連が介入してくれて平和が戻ったし、日本は最大の援助国であり、インド洋の大津波のときには大変お世話になったなどと語っていた。

スリランカ・フェスティバル


スリランカ・フェスティバル


 私は、残念ながら、スリランカには行ったことがない。一番近いところといえば、スリランカの隣国であるインドの西南部に位置するゴアまで行ったくらいである。それでも、スリランカはたぶんあのような雰囲気なのだろうと想像できる。ただ、インドはヒンドゥー教が主流なのに対して、スリランカは仏教の国である。それを実感したのは、あるスリランカ人との交流である。あるとき、私は仕事で、アジア太平洋地域の代表ご一行を京都まで案内したことがある。金閣寺に行き、次に清水寺を訪れて、それから近くの祇園の料理屋で食事をした。その清水寺での出来事である。あの寺には、寺の名前の元となった音羽の滝というものがあり、三筋に分かれて湧き出す清水を柄杓ですくって六根清浄、所願成就をお祈りするという場所がある。そこで人々は両手を合わせて拝むのである。私が案内している外国人のご一行でその場にさしかかったとき、そのところで人々が拝んでいるのを見て、中近東系の顔の人が思わず両手を合わせて拝んでいた。私は一瞬、なぜムスリムが仏式に拝むのかと不思議に思ったが、その顔を見て国籍を思い出して納得した。その人は、スリランカ人だったのである。私は近づいて行って、「やあ、あなたも仏教徒ですか」と聞くと、「そう、そう」と、嬉しそうだった。

スリランカ・フェスティバル


 そんなことを思い出していると時間が過ぎ、チャンナウプリ舞踊団の舞台となった。女性の踊り手の舞台衣装は、どこかで見たことがあると思ったら、タイの伝統舞踊と似ている。たとえば、頭の上に尖った飾りを乗せるというのは、そっくりである。ただし、後頭部に孔雀が羽を広げたような飾りもある。これはさすがにタイでは見たことがない。しかし、タイやバリの舞踊は、これと同じ格好で優雅でゆっくりとした動きをみせるが、このスリランカの舞踊団はまったく違っていて、まず動きが速いし、手の曲げ方、体のくねらせ方などは独特で、しかし切り替えが早い。しかも、大きく飛び上がったりするから、驚いてしまう。超望遠レンズで撮っていると、画面の枠になかなか入らないのが難点である。動きが速いので、シャッター速度優先とし、標準の250分の一秒としたら、女性の踊り手の場合は、まあまあうまく撮ることが出来た。

スリランカ・フェスティバル


 ところが、男性の踊り手が出てきてびっくりした。まるでトルコの回る教団のように、ぐるぐると、とんでもないスピードで回り続けるのである。ちょっと見たところ、まだ若手のダンサーもいるが、それから年配のやや太り気味のおじさんで、まるで亡くなった坂上二郎さんのような顔をした人がいる。その坂上二郎さんまで、巨体を揺すって駒のように猛スピードで回転し続けるから、恐れ入ってしまう。男性の場合は回ることしかしないのかと思っていたら、今度はライオン姿の男の人がひとり出てきて、数人の女性と一緒に踊り始めた。ああ、これはライオン踊りではないか、良い写真を撮ろうと思ったその瞬間、私の前に何人かのカメラマンが視界を遮るように割って入ってきたために、十分に撮り続けることはできなかった。残念無念というところだが、まあ何かの神話でも背景にあるような意味深げな踊りだった。

スリランカ・フェスティバル


 そのような調子で、暑い中、スリランカの伝統舞踊を見物させてもらい、その写真を撮ることが出来た。このカメラE−P3は、焦点合わせが早いから助かる。そうでないと、ピンぼけ写真ばかりが撮れてしまうところだ。まあ、それは良いとして、私の腕の問題が残っている。つまり、あれだけ踊りのスピードが早いと、シャッター速度優先の連写で撮るのだけれど、被写体のその早い動きに付いていくときに自然と焦ってしまうようなのである。その結果どういうことが起こるかといえば、肝心のシャッターが下りるときにカメラがブレてしまうのである。こればかりは、慣れるしかないか・・・。昔から私は、「習うより慣れろ」というタイプでなくて、「まず頭で考えよう」というタイプだから、慣れるまでやるというのは、苦手なのである。

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(2011年 9月10日記)


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