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父の葬儀 (5) 後 日 談

蓮の花


 父が亡くなった日から、はや10日余りが過ぎようとしている。ひとりになると、父のことが思い出されてならない。それだけでなく、とりわけ母は、あの広い家にひとり取り残されて、寂しいだろうと心配がつのるばかりだ。今のところは毎日、二人の妹が訪ねていろいろと世話をしているが、そのうち、そう手厚くはしていられないという時が来るだろう。そのとき、どうするか、今から考えておかなければならない。とりあえずは、東京に用事もあるだろうしから呼ぶことにして、そのほか全国各地に一緒に旅行に行こうと言おうかと思っている。

 母の年金については、葬儀の翌日に、妹が母を連れて社会保険事務所に出向き、実に手際よく整理してくれた。加えて、家の登記に見つかった抵当権についても、住宅ローン完済後の抹消し忘れということがわかって、妹が銀行にお願いして書類をもらい、法務局に行って抹消してきた。これも非常に手早くやってくれた。私は、これまで妹と一緒に仕事をしたことがないが、いや本当に有能であると感心した。加えてもう一人の妹とその旦那さんによる香典の処理のうまさには感激した。あれだけの香典の山をほんの3時間ほどで綺麗に記帳し、現金を数えてくれたのである。正確さと速さと美しさを兼ね備えている。この二人がいなかったら、私はここでこれほどノホホンとはしておられなかっただろうと思って、深く感謝する次第である。

 また、葬儀の途中で、親類から色々と言われて、いささか閉口したこともあったが、それはそれとして、親戚全員がお通夜から葬儀、そして火葬場から初七日の法要まで、忍耐強く付き合っていただいた。父が親類とのお付き合いを大事にしていてくれたからこそである。親類の皆さんに、深く感謝申し上げる次第である。また、身内ではあるが、私の娘はあれほど多忙な手術のスケジュールの合間を縫って、とんぼ返りで駆けつけてくれた。私の長男も多忙な業務の合間に時間を作って通夜と葬式のすべてに付き合ってくれた。父の納棺を見守り、柩を担ぎ、通夜と葬式の親族席に着き、火葬場でお骨を拾ってくれた。そのお嫁さんも、多忙なスケジュールの中を飛行機を使って日帰りで来てくれた。家内はいうに及ばないが、いずれも亡くなった父を深く敬愛してくれていたからだろうと、心から感謝している。

 ところで、相続手続きのために、妹が原戸籍を集めてくれているが、とりあえず私が調べた限りでは、父の遺産は実にシンプルで、手続きはそれほど難しくはない。要するに、相続税が掛かるべくもない金額である。すなわち、さほど多くはないが、まあそれは、これまでの父の生き方であり、我々3人を遠隔地の大学に進学させてくれたのだから、それだけでも有難いと考えなければならないと思っている。だから、自分で言うのもなんだが、結果的に我々3人の子供たちが揃ってそれぞれ社会的に認められているということになったのであるから、それが何よりの父からの贈り物だといえる。

 ところで、これが仮にあちこちにたくさんの不動産を持っている家だったとすると、その評価や何やらで、これは大変な仕事になることが、よくわかった。そのようなときのマニュアルとして、三菱信託銀行のパンフレットを見てみたが、実によくできている。こういうものを活用するか、あるいは信託銀行や事務一切をお願いするというのも手だろうと思う。

 母が、四十九日の法要の件について会場を決めるべく悩んでいた。これについても、妹たちがさっさと結論を出し、私がそれに乗って電話をして決着したが、まあ3人の連携プレーというところである。生まれて何十年経っても、妹たちとこうやって息の合ったところが見受けられて、嬉しい限りである。二人の妹たちとは、一緒に仕事はしたことがないが、しかしその様子を見ていると、目の前に懸案があれば、さっさと片付けるという習慣があるようで、これは私とまったく変わらない。これも、父の残してくれた貴重な遺産なのかもしれない。

 父の銀行通帳を眺めていると、毎月の電気代が4万5000円にもなっている。この家は2階建てなのに、老人二人でこれほど電気代がかかるというのは、どうもおかしい。つらつら考えてみたところ、24時間風呂のせいではないかと思い当たった。これは、1日中いつ入ってもよいという風呂で、父が大好きだったものだが、母や私にはお湯が熱すぎて困ったものだ。それが電気で動いているというのである。どうせ母は、1日のうちで何回も入るということはしないので、これを切ってしまおうと考えた。そのためには、外にあるタンクとの水の出入り口を遮断してしまう必要があるので、今度行ったときに、栓をしようと思っている。それやこれやで、家の仕様を、母の生活に合さなければならない。

 シンガポール人の友人から電話が掛かってきたので、私が「父が亡くなって大変だった。悲しむ暇もなく葬儀をしなければいけなかった。それがやっと終わったと思ったら、今度は相続の手続きなのだから」などとつぶやいたら、「相続って何?」というので、「日本の民法によれば、母と我々3人の子供が相続人となる。それで遺産を計算して、9千万円の基礎控除を超す財産を持つお金持ちだと、かなりの相続税を払わなければいけないんだ。ウチは全く関係ないけれど」としゃべったところ、思わぬことを言われた。「そんなの、おかしい。だいたい、自分が一生かかって稼いだお金を、なんで政府にとられるんだ」などという。私はびっくりして「シンガポールには、相続税って、ないのか?」と聞くと、「もちろん」と自信をもっていう。本当かなぁ・・・。

 ついでにその人が私に聞く。「日本では、相続人というのが決まっているのかい?」、私が答える。「ああ、もちろんさ。日本の民法(Civil Law)では、私の家のようなケースでは、母が50%、我々3人が残りを3分の1で分けるんだ。仮に遺言書が出てきて、そのうちひとりに相続させないって書かれてあっても、遺留分といって、少しは必ず相続できると規定されている」というと、その人は、「それも、おかしい。シンガポールでは、だれに相続させるかは、亡くなった人の勝手さ。家族の誰にも相続させずに、すべて別の人に相続させるというケースもある」などという。いやはや、私などは日本の大学で日本の法律を学んだものだから、こんな発想があるとは思いもしなかった。こういう制度の下では、いわゆる大金持ち(Tycoon)のファミリーが出るわけだ。それに比べて日本の税制は、金持ちに過酷である。いくら財産があるといっても、三代も続けばすっからかんになるではないか・・・。まあ、私の家にはまるで無関係のことだけれど・・・。



(2011年 7月28日記)


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