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東日本大震災 [Day67]

第一号機の炉心溶融の推移


 3日前には、福島第一原子力発電所の第一号機原子炉圧力容器内で、核燃料棒が完全にメルト・ダウン(溶融)していたということが報告されて、大いに驚いた。しかし、その後さらに調べを進めていったところ、それどころか、事態は想定していたよりも1日も早く、はるかに速い速度でどんどん悪化していったことが判明した。全電源喪失から急激に核燃料の溶解が始まり、13時間後には大部分の核燃料が原子炉圧力容器底部に落下した。つくづく、これでよく原子炉が安定したものだと思う。万が一、原子炉圧力容器の下から溶融した核燃料が一気に落ちていたりしていたら、それこそチェルノブイリ事故と全く同じ水蒸気爆発を起こしていたはずである。ところが今回の福島第一原子力発電所の第一号機では、原子炉圧力容器底部にはいくつかの穴が開いたものの、幸いそれらは大きい穴ではなく、合計すると数センチほどの穴で済んだから間一髪で助かったらしい。危ないところだった。これで冷や汗を感じたのは、私だけではないだろう。この発表の翌16日、東京電力は、福島第一原子力発電所第一号機から第六号機までの詳細なデータを公開した。それと合わせて事故当時の第一号機の状況を東京電力の発表資料から追っていくと、事故直後は、こんなことだったという。まるで、昔のハリウッド映画のチャイナ・シンドロームを地でいくような展開である。

3月11日
 午後2時46分 東日本大震災が発生し、原子炉が緊急に自動停止した。
 午後2時52分 原子炉の冷却に必要な非常用復水器が自動的に起動した。
 午後3時頃  せっかく起動した非常用復水器が一時停止した※。
 午後3時30分 津波が到達した。
 午後3時37分 津波で非常用ディーゼル発電機が使えなくなり、全交流電源が喪失した。
 午後3時50分 原子炉内の計測用電源が喪失し、水位が計測できなくなった。
 午後4時36分 緊急時炉心冷却システムが使えなくなった。
 午後5時頃  東京電力本店が各支店に対し、電源車の派遣を要請した。しかし、地震による渋滞と道路の破壊によって、車はなかなか進めない。
 午後6時頃  原子炉圧力容器内の水位が下がって核燃料棒の上部にまで至り、核燃料の露出が始まって温度が急上昇し始めた。
 午後7時30分 核燃料棒が水から完全に露出し、温度が摂氏1,800度に達して被覆菅の材料ジルコニウムが溶け始め、20分足らずで炉心中央部が溶けて崩落した。
 午後9時頃  温度が摂氏2,800度に達して燃料のペレットが溶け始めた。中心部から溶解が始まり、周囲に広がる。
 午後11時頃  外部に派遣を要請した最初の電源車が到着したが、地震と津波による瓦礫や道路の破壊で使えず、ケーブルの長さも足りなかった。
 午後11時05分 原子炉建屋への立入りを禁ずる社長指示が出た。

3月12日
 午前1時頃  原子炉圧力容器内の圧力が異常に上昇した。
 午前1時48分 前日午後6時頃から動いていた非常用復水器が完全に停止した。
 午前5時46分 消防ポンプを使って、原子炉内に淡水の注入が開始された。
 午前6時50分 大部分の核燃料が原子炉圧力容器底部に落下した。
 午前7時11分 菅直人首相が福島第一原子力発電所を視察した。
 午前8時4分 菅首相が視察を終了した。
 午前9時25分 原子炉内の圧力を弱めるため、排気(ベント)操作に着手し、放射性物質を外部へ放出することとした。電源が失われた中で手動によって開放しようとしたが、弁が4分の1しか開かなかった。その後、遠隔操作で何回も試みられたが、
 午前10時17分 ベントをするため、空気圧で作動する別の弁を使ったが、開放状態を続けられない。
 午後2時頃  仮設の空気圧縮機を取り付けて、ようやく弁の開放に成功した。原子炉内の圧力が次第に下がっていった。
 午後2時53分 淡水注入が停止された。
 午後3時頃  電源車からのケーブルをつなぎ終わり、冷却のための送電を開始した。
 午後3時36分 第一号機建屋で水素爆発が起こった。これにより電源車は停止し、ケーブルも破壊された。
 午後7時04分 消防ポンプを使って、廃炉覚悟で、海水の注入が開始された。

 この経緯で、また新たな疑問が生まれた。それは、地震直後の3月11日午後2時52分に、原子炉の冷却に必要な非常用復水器がせっかく自動的に起動したのにもかかわらず、それから20分も経たない午後3時頃になって原子炉の運転員が非常用復水器を一時停止させたようなのである※。それ以降、何回も動かしたり停めたりした模様である。原子炉の操作マニュアルによれば、原子炉の温度が急に下がりすぎると悪影響を与えるので、復水器を停止させるべしというようなことが書かれているのかもしれない。いずれにせよ、この人為的な操作がなかったら、原子炉はもっと冷えていたはずだともいえるので、今後その操作の妥当性が問われるところである。

 それにしても、次なる問題は、第三号機である。第一号機は上のような経過をたどったものの、いずれにしても原子炉の現在の温度は100〜120度と、今のところは安定している。しかし、第三号機は原子炉の温度が150〜290度の間を上がったり下がったりしていて、とても不安定なのである。注入する水の量を増やせばいいが、そうすると高濃度汚染水がまた増える。どうしたものか、手探り状態がしばらく続きそうだ。



当社福島第一原子力発電所1号機の炉心状態について
                          平成23年5月15日
                          東京電力株式会社

 当社は、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所の事故に関し、その収束に向けた当面の道筋をとりまとめており、現在、事態の収束に向けて全力を挙げて取り組んでおります。また、この取り組みとあわせて、地震発生後の対応履歴やプラントデータの整理を行っております。その中で、現在得られている記録データおよび記録に基づく推定による炉心状態の解析を実施することといたしました。その結果、『1号機は、津波到達後比較的早い段階において、燃料ペレットが溶融し、圧力容器底部に落下した。』という評価となりました。

 一方、現在の1号機の炉心状態については、燃料は、注水により安定的に冷却されており、今後、大規模な放射性物質の放出に繋がるような事象の進展はないと考えております。なお、今回の解析は、必要な情報がすべて得られているわけではなく、暫定的なものであるため、今後の調査により、更に詳細な炉心状態の把握に努めてまいります。また、2、3号機についても、今後、同様の解析を実施してまいります。





(2011年 5月16日記)

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