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徒然196.大震災で蓬莱島の松が消えた

大泉水の眺め


 大学院で教えた帰りに、家内と待ち合わせて、一緒に昼食をとった。場所は、文京グリーンコートにあるイタリア料理トラットリアである。するとそこで思いがけず、知り合いの奥さんとそのお嫁さん、そしてお孫さんに遇った。お孫さんは3歳で、可愛い盛りだ。こんにちはというと、くるりと後ろを向いてしまった。恥じらう乙女が、もう始まっているらしい。それはともかく、ここのレストランは、ピッツァがとてもおいしい。具たくさんのミックスサラダ(赤ワインビネガードレッシング)と、ピッツァ クワットロ スタジョーニ(海老、キノコ、コーン、ハム、モッツァレラチーズ、パルミジャーノ、トマトソース)を頼んだ。しばし待っていると、まず30センチはあろうかと思われる大きな皿に、山盛りのミックスサラダが運ばれてきた。いやまあ、毎度ながらここの料理の量はアメリカ並みで、半端でない。家内が「食べられるかしら」といいながら、小皿に取り分ける。ついでに頼んだ白ワインを口に運びながら、なんだかんだとおしゃべりをしているうちに、「あら、もう食べちゃった。やれば食べられるものね」などとのたまう。

 次いで、これまた大きな・大きなピッツァが運ばれてきた。私の好きなトマトソース味である。クワットロだから、4種類の味という意味かと思う。上から眺めてみると、海老、キノコ、コーン、ハムという4つの区画に確かに分かれている。ピッツァの土手は、これまた定石通り、2センチほど盛り上がっている。ちゃんとした石釜で、しっかりと焼いている証拠だ。真ん中がフツフツと煮えて泡がたくさん出ていて、目を楽しませる。トマトソースの香りが鼻をくすぐる。その二つが併さって、私たちの食欲をそそること・・・もう、たまらない。その熱々のピッツァの何分の一かを小皿に取り、トローリと溶けているその三角形の先を内側に折り曲げて、口に持って行った。熱くて、やけどしそうだが、そこをぐっとこらえていると、口の中に芳香と素晴らしい味が広がっていく。いやまあ、何回食べてもこんなにおいしいものとは・・・これぞ人生の醍醐味というと、大袈裟かもしれないが、ほかに例えようがない。

大紫のツツジ


 そういうことで、午後2時半までトラットリアで過ごし、それから六義園に向かった。不忍通りを隔てたお向かいにあるから、とても近いところにある。カメラを抱えて、サツキを撮るつもりで行った。すると、ちょうどツツジが終わり、サツキが始まる谷間にあったようで、一本の大紫のツツジを除いてあまり咲いていなかったことから、少しがっかりした。

去年の秋には蓬莱島に松の木があったのに


今回は蓬莱島に松の木がなくなっていた


 それどころか、池を眺めていると、何か様子がおかしい。なぜだろうと思いながら、池を巡っていくと、その理由がわかった。もともと、池の中にはアーチ状をした小さな島、蓬莱島というのがあるのだけれど、その上にちょこんと乗っていた美しい松の木が消滅しているではないか・・・。あらら・・・なんとまあ・・・。それだけでなく、吹上茶屋の近くのあった小島の臥龍島が池面から姿を消してしまっているではないか。たった1本の小さな松の木、1つの小島だけれど、池全体に与える印象をこれほどまでに変えるとは思わなかった。御茶屋さんで聞くと、3月11日の地震で松の木は折れ、島は水没したとのことだ。それだけでなく、秋には紅葉に囲まれるもみじ茶屋も、柱がずれてしまっているし、高台の藤代峠も、途中が崩れているらしくて通行止めとなっていた。そもそもこの六義園の庭園は、江戸文禄期の遺構がほぼ忠実に残っているというが、それでもこれほどの被害をもたらしたのであるから、今回の東日本大震災は、まさに千年に一度の大地震だったということがよくわかった。ちなみに、この高台の藤代峠は、池を掘ったときに出た土で築き上げたものらしい。作庭からほぼ300年経っているとはいえ、やはりそういう人工物は、大自然の力には弱いのかもしれない。

蓬莱島と臥龍島の災難を伝える立て札


 被害を受けた大泉水池の惨状に唖然としていると、向こうから和服を着た女性が三人、歩いてきた。何やら、甲高い声で楽しく語り合い、池を眺めている。その様子を見ていると、沈痛な気持ちが失せていき、何やら普段の気持ちが戻ってきた。早く、原状を回復してもらうことを祈ろう。

和服の女性が、日本庭園に似合っている





(2011年 5月14日記)


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