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東日本大震災 [Day64]

画餅に帰す東京電力の工程表


 東京電力は、福島第一原子力発電所の事故について、4月17日に、いわゆる「工程表」(事故の収束に向けた道筋)なるものを公表した。そして、これに従って事故の収束に向けて、順調に作業を進めてきた。中でも第一号機については、真ん中にある原子炉圧力容器のみならずそれを覆っている原子炉格納容器全体を水に浸す「水棺」にしようと、そのための手筈を整えてきたのである。これを実現してから、水棺内部の水を、外部に設置する冷却装置へと流して循環させるようにすると、数日間で冷温停止状態となって恒久的な対策を講じることが出来たということになる。 そういうことで、5月の連休中からまず第一号機の原子炉建屋の中の空気を吸い取って浄化し、それを再び建屋の中へと戻すという作業を行い、内部の汚染レベルを若干下げた。その上で建屋の内部に人が立ち入り、内部の測定機器を調整した。ここまではうまく行っていると、誰もが思っていた。ところがその測定機器を使って原子炉内部の水位の状況を計測したところ、12日になって、原子炉圧力容器の中には測定できる範囲内に水がないことが判明し、大騒ぎとなった。

 これまで東京電力は、第一号機の原子炉圧力容器の中の核燃料棒はその一部が損傷しており、第一号機については当初は70%の損傷、その後4月27日になってこれは転記ミスの間違いで、本当は55%の損傷だったとされた。こんな大事な指標を間違うなんてどういうことだと、その時は呆れてしまったが、この今回の測定結果を信用すれば、実はそれどころか水位計の測定限界の範囲内に核燃料棒がないということになる。つまり、核燃料棒は原子炉圧力容器内で完全にメルト・ダウン(溶融)してしまっていて、測定限界以下の下部4メートルの範囲内にラグビーボール状に固まって存在するか、又は高温で溶けて原子炉圧力容器を突き破って原子炉格納容器内、あるいはその先の原子炉建屋まで貫いてしまっているのではないかと思われるのである。もっとも、原子炉格納容器内、あるいはその先の原子炉建屋まで行ってしまっているかどうかは、確証がないので何とも言えないが、それにしても、少なくとも原子炉格納容器の底に直径数センチの穴が開いて、原子炉圧力容器にあった核燃料棒の溶融したものが漏れ出ているのではないかと強く疑われるのである。

 第一号機の中心にある原子炉圧力容器は360トン、それを包む原子炉格納容器は7,400トンで満水となるが、これまで累計で1万トンの水を注入したという。もともと2,000トン以上の水があったことを考慮すると、これだけ注入したにもかかわらず圧力容器内の水位が測定範囲内にはほとんどないということは、その下部の1割にも水が溜まっていないことになる。他方、圧力容器を包むフラスコのような形をした原子炉格納容器の下部の丸い部分には半分も水が溜まっていないというから、一説には全体で約6,000トンと推定される大量の水がどこかへ漏れ出てしまっているようだ(その3日後、第一号機の建屋の地階に、約4メートルの深さで数千トンの水が溜まっていることが判明)。このままでは、外部設置の冷却装置を原子炉圧力容器に繋いで冷却を始めるなどというは、絵に描いた餅となる。それどころか、メルト・ダウンした核燃料が下へ下へと落ちて行って原子炉建屋まで漏れ出てしまっているかもしれない。そうすると、高濃度の汚染水が建屋の地下から水に交じって海域へと流出してしまい、再び海洋汚染が深刻となる・・・これは困ったことだ・・・水棺が出来ないばかりか、高濃度の汚染水がどんどん際限なく生まれることになる。汚染水中の放射性物質を吸着して再利用しなければいけない。それはともかく、悪い情報だけではない。中でも、唯一救われる点は、第一号機の原子炉の温度が摂氏120〜100度と低いことで、現在はいずれにせよ安定していることである。

 それにしても、従来は比較的安定していると信じられてきた第一号機がこんな調子では、第二号機と第三号機でもこれと同じか、あるいはもっと深刻なことになっているのかもしれない。現に先日は、第三号機の温度が突然250度くらいになっていたから驚いて注水量を増やしていた。しかし、あまり増やすと地震で痛んでいる建屋が耐えられないかもしれないし、高濃度の汚染水が増えるというジレンマに悩まされる・・・まだまだこんな綱渡りの状況が続く。6月から原子炉建屋を覆うカバーを取り付ける工事が始まるらしいが、肝心の原子炉のコントロールが全く出来ていないというのでは、この先、1年どころか2〜3年もこういう不安定な状態がダラダラと続くかもしれないという悪い予感がしてきた。福島第一原子力発電所の周辺の住民の皆さんで、今回避難を余儀なくされている方々のご苦労には本当に同情を禁じ得ないが、これで帰郷の日がさらに遠のくかもしれないと思うと、心が痛む。原子炉という大魔王は、やはり一筋縄ではいかない相手である。原子力は、人類が神からむりやり奪った光といわれるだけのことはある。そもそも、人類が安易にコントロールできる代物ではないのかもしれない。



(2011年 5月13日記)


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