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東日本大震災 [Day50]

水中カメラで見た第四号機の使用済み核燃料貯蔵プール

 昭和の日になった。ゴールデン・ウィークの始まりであるが、今年は東日本大震災の関係で、働かなくてはいけない。それはともかくとして、昨4月28日付け読売新聞の夕刊に、福島第一原子力発電所の第四号機において、3月15日にどういうことが起こっていたのかにつき、誠に興味深い記事が載っていた。これが本当だとしたら、我々日本人は、ごくごく危ない道を渡りながら、ほとんど信じられないほどの幸運に恵まれて、かろうじて無事だったということになる。鎌倉時代の元寇に際して吹いた、神風のようなものである。

 それはどういうことかというと、次のような出来事だったらしい。3月11日の地震と津波で冷却機能が失われた。すると、使用済み核燃料貯蔵プールから、使用済み核燃料棒が次第に露出してきて、まさに燃料の溶融が起き始めようとしていた。その直前には、露出した燃料棒を覆う金属ジルコニウムが高温となり、水と反応して水素が次々に生成された。その水素が建屋内に溜まり、思いがけず水素爆発が起こった。かなり激しいもので、建屋の上部が吹き飛んでしまった。すると、その爆発の衝撃で、隣のスペースとの間の壁となっていたゲートが壊れ、たまたま隣(原子炉ウェル)に入れてあった数百トンもの水が貯蔵プールに流れ込んだ。そのような偶然によって、貯蔵プール内の使用済み核燃料棒が再び水に覆われ、結果的にそれが冷却機能を発揮し、燃料の溶融が止まったというのである。

 この第四号機は、第一号機から第三号機までと違って、定期点検中だったので、原子炉圧力容器から核燃料棒が搬出されていた。したがって原子炉圧力容器は空っぽとなっていたのだが、燃料棒を空気に触れさせずに移動させるために、たまたま原子炉圧力容器とその上の原子炉ウェル全体を水で満たしていたのである。だから、その水をせき止めていた壁に当たるゲートが水素爆発で「運良く」破損したために、その中の数百トンにのぼる水が隣の使用済み核燃料貯蔵プール内に流入し、それが溶融を止めたというわけである。

 この都合の良いハプニングがなかったら、1331本の使用済み核燃料棒が入っていた貯蔵プールが加熱して燃料棒の溶融を起こし、文字通りのメルト・ダウンになっていたものと考えられる。そうなると、チェルノブイリ事故のような水蒸気爆発を起こして、放射性物質が大量に世界中にまき散らされただろう。それだけでなく、冷却手段を失った第一号機から第三号機までの原子炉でも使用済み核燃料棒貯蔵プールで同じようなことが起こっただけでなく、原子炉本体に入っている核燃料棒すべてについても、また同じことになっていたはずである。

 チェルノブイリ事故を起こした原子炉はたった1基だったが、福島第一原子力発電所には、6基の原子炉があり、加えて保管してある使用済み核燃料の本数は、第一号機292本、第二号機587本、第三号機514本、第四号機1331本、第五号機946本、第六号機876本もあって、それだけでなく共用プールには6375本もある!たとえその一部でも溶融して水素爆発や水蒸気爆発でも起こしたとするならば、もうその近辺には人間が近づけないから、残りのものも早晩、次々に爆発していくだろう。そうなると、その衝撃はチェルノブイリ事故の何十倍・・・いや何百倍かもしれない。そんなことが起こったら、東日本は、何十年にわたって人が住めなくなり、まさに、世紀の大惨事と化していたと考えられる。それが、先に述べたような思わぬ水素爆発で救われたのだから、面白いではないか・・・だから私は今回の出来事は、元寇に際して吹いてくれた神風のようなものだったと思うのである。日本という国は、誠に運がよいと、つくづく考える次第である。

 以上述べたようなことは、建屋内の映像を撮るなどして、今後よく検証される必要がある。しかしながら現在のところは、第四号機の原子炉圧力容器上部は瓦礫に覆われていて、どういう状況なのか、よく見えない。ただ、生コン圧送用の車両で注入している水で、プール内の水位は計算通りには上がっていないので、漏水が疑われたが、少なくとも建屋の下部にはそれほどは漏れ出していない。ということは、貯蔵プールだけでなくそれに繋がったところにも水が溜まっているものと解される。そういうことから、このように推測されるのである。

 この第四号機の貯蔵プールについては、事故当初、アメリカ側が水がなくなっているのではないかとひどく心配したところである。そこで、アメリカと東電との間において、やれプールにはもう水がないはずだとか、いやいや上空からの写真を見ると水面が見えたから水はまだあるのだとか、大きな意見の相違があった。しかし、爆発のおかげで大量の水が流れ込んでいたとは・・・まるで想像も出来なかった・・・・これでやっと、納得がいったのである。つい最近、東京電力が第四号機の貯蔵プール内を水中カメラで見たのが、この稿の冒頭の緑色の写真で、燃料を入れる碁盤の目状の入れ物には、目立つ損傷は見られない。そういうことでとりあえずは安心してよいが、それはそれとして、水素爆発を起こした第四号機の建屋は、外観からしてもかなりのダメージを受けているものと考えられる。今後引き続き強い余震が起こるものと思われるので、それに対応するためにも、しっかりと補強すべきである。

もう、ツツジの季節になった

 一方、4月28日、文部科学省に置かれた原子力損害賠償紛争審査会は、本件事故に関して「東京電力(株)福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する第一次指針」というものを公表した。それによると、まずこの第一次指針においては、政府による指示に基づく行動等によって生じた一定の範囲の損害についてのみ、基本的な考え方を明らかにするとして、次のように書いている。具体的には、 崟府による避難等の指示に係る損害」として、「避難費用」、「営業損害」、「就労不能等に伴う損害」、「財産価値の喪失又は減少等」、「検査費用(人)」、「検査費用(物)」、「生命・身体的損害」、「精神的損害」を、◆崟府による航行危険区域設定に係る損害」として、「営業損害」、「就労不能等に伴う損害」を、「政府等による出荷制限指示等に係る損害」として、「営業損害」、「就労不能等に伴う損害」を対象とした。なお、政府の指示等によるもの以外が損害賠償の対象から除外されるものではなく、第一次指針で対象とされなかった損害項目やその範囲、例えば、第一次指針の対象外となった者の避難費用や営業損害(いわゆる風評被害も含む。)、本件事故の復旧作業等に従事した原子力発電所作業員、自衛官、消防隊員、警察官又はその他の者が被った放射線被曝等に係る被害、本件事故により代替性のない部品等の仕入れが不能となった取引先のいわゆる間接損害、地方公共団体独自の財産的被害、政府指示等が解除された後に発生する損害などのうち、合理的な範囲内で原子力損害に該当し得るものについては、今後検討する・・・というものである。

 特に、風評被害の取り扱いをどうするのか、今後大きな議論を呼ぶものと考えられる。併せて、東京電力側は、原子力損害賠償法第三条ただし書の適用を受けて今回の原子力事故の賠償責任の免責を狙っているかのように報道されており、今後関係者の間でどのような話し合いが行われていくかが注目される。この問題は、原子力事故についての責任追及の側面、管内への電力の安定供給の側面、社債市場のコントロールの側面、運転資金の確保の側面、避難者への十分な補償の側面、株式会社としての東京電力の在り方の側面などがある。こうした多変数の連立方程式のような課題の解を、早く出さなければならないのである。

[参 考] 原子力損害の賠償に関する法律
 (無過失責任、責任の集中等)
第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。

 ところで、驚いたことがある。この日の夕刻、内閣官房参与の原子力の専門家である東京大学大学院の小佐古敏荘教授が、涙ながらに記者会見を行い、政府は場当たり的だと批判して参与を辞任すると表明したのだ。突然のことで、しかも東大教授とあろう人が記者会見で人目をはばからずに泣く姿を見て、私はすぐには事情が理解できなかった。ところが、断片的な話を継ぎ合わせていくと、どうやらこういうことらしい。直接の引き金となったのは、政府が福島県で設定した校庭利用基準で、それを20ミリシーベルトに設定したのに我慢出来なかったようなのである。すなわち、福島第一原子力発電所の事故に伴い、その周辺の学校の校庭利用の放射線量上限を、政府が年間20ミリシーベルトとしたのであるが、その基準が高過ぎておかしい。自分の子供には適用したくない。本来は通常の放射線防護規準に近い年間1ミリシーベルトとすべきなのに、いくら言っても政府は誰も取り合ってもらえない。こんなことを許したとあっては、専門家の名がすたるとまで語っていた。

 そのほか、例のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)が法律通りに運用されていないし、それどころかその結果が迅速に公表されていない。また、SPEEDIの第2世代に当たるWSPEEDIの結果も隠さずに公表すべきだとする・・・WSPEEDIというのは何か・・・そんなものがあったとは・・・気になるところである。それやこれやで、小佐古敏荘教授は「校庭利用の放射線量上限を年間20ミリシーベルトとしたのは間違い」だし、一般に官邸や原子力安全委員会の原発事故への取り組みを「法律や指針を軽視したその場限りの場当たり的な政策決定プロセスで、事態の収束を遅らせている」とまで批判したのである。ははぁ・・・いったいどうなっているのか・・・? なお、これについて管直人首相は、「参与の議論も含めた助言を得て行っており、決して場当たり的な対応はしていない」、「最終的には原子力安全委で一つの見解をまとめ、政府に助言する仕組みになっている」などと説明し、枝野幸男官房長官も、「年間20ミリシーベルトまでの被ばくを許容したものではなく、小佐古氏の誤解だ」と述べているが、30日付けで辞表を受理したそうである。いずれにせよ、春の椿事と簡単に片付けてしまうには、あまりにも重すぎる背景がありそうだ。



(2011年 4月29日記)


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