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お台場のガンダム


 梅雨の晴れ間をぬうようにして、久しぶりにお台場に行ってみた。目的は、家に置いてあるポトスのために、何かしゃれた植木鉢でもあれば買おうかという程度で、その他これという用も特になかったので、新交通システム「ゆりかもめ」に、端から端まで乗ってみた。この地区が出来てもう十数年も経ったので、車窓から眺める新緑の木々がこんもりとし、かつ大きくなって、見ていて本当に清々しい気分である。新橋駅から乗り、フジテレビなどがあるお台場駅を過ぎると、そのこんもりと茂った木々の間から、何やらロボットらしきものがすっくりと立っているではないか。あれあれ・・・これは一体、何だろうと思って、さっそく車両を降りてその潮風公園に行ってみた。すると、それは見上げるような大きいロボットであった。どこかで見たことがあるなぁと思ったら、それはガンダムという、バンダイのキャラクターだった。

 折しもお隣の北朝鮮が、弾道ミサイルの発射やら核実験の実施やらで誠に物騒なときに、なるほど、なるほど・・・そうか、日本は密かにこんな新兵器を作って対抗しようとしていたのか・・・などと勘違いをしてくれる外国人がいるかもしれない・・・そんな訳ないか。

 何を隠そう・・・いや、別に隠さなくともいいのだけれども、私が小さい頃の漫画のロボットといえば、鉄人28号というのが定番だったので、このガンダムくんも、時代が異なるとはいえ、それと似たりよったりのものなのだろう。それにしても、高さが確か18メートルもあるそうで、なんでこんなに大きいのかといえば、その漫画かアニメかしらないが、その原作の設定を忠実に摸したそうなのである。聞くと、今はもう40歳代になっているおじさんの世代が子供だったころにはやったアニメらしいのである。そういえば、ウルトラマンとか、これと似たようなキャラクターがあった覚えがある。これは確かシリーズで何本もの映画になっていたから、このガンダムよりは古い年代の作品かもしれない。とすると、それは50歳代の人たちか・・・。




 まあ、それはその道の専門家の詮索に任せることとして、自分が子供だったころのことは棚に上げて、自分の子供たちには、こんな馬鹿なアニメや漫画をみるとよくないと言って、あまり見させなかったものである。例外はドラえもんで、これは夢と希望と小学生の生き方が上手に描かれていたから、見てよい漫画としていた。それ以外の日本の漫画やアニメは、だいたい、どんなキャラクターのものでも、とんでもない怪物が出てきて、それをエイ・ヤーッと主人公がやっつけるという馬鹿馬鹿しい筋書きなので、本を読んでいるときのように何の想像力も働かない上、それどころか親としては万が一、子供が暴力的になっては困るという配慮が働いてしまったからである。

 それに加えてウチでは、ゲーム機のたぐいも教育に悪いからといって買ってやらなかった。そのときは、何の科学的根拠もなく、ただ私の本能としてこんな遊びをやらせると、碌なことにならないと思ったからである。しかし、近年、少しは科学的な分析が進んできたようで、ゲーム中の子供の脳の中枢には、快楽物質エンドルフィンが分泌されているという。ちなみにこの種の物質は、本を読んでその読書を楽しんでいるようなときにも脳内で盛んに出るらしい。ゲーム機でいくら遊んでも、せいぜい反射神経が訓練されるくらいで、何の役にも立たないが、読書なら、知識が得られるし、想像を働かせることができるし、それを元に創造力を磨くこともできる。だから、同じ快楽を得るのであれば、読書の方が数段も上等な知的営みであることは確かである。そういう意味で、やはりゲーム機などというものは、子供が知的生活を送るのを邪魔する存在でしかないのではと思うのである。

 ゲーム機を禁止したおかげかどうかは立証が困難ではあるが、結果的にウチの子供たちは、医者と弁護士になってくれたから、少なくともゲーム機禁止という方針は、彼らが知的世界に入って行く契機にはなったのではないかと思っている。もっとも、子供たちを取り巻く当時の環境は、今と比べればはるかに単純だった。たとえば、携帯電話携帯やパソコンPCによるウェブの閲覧などというものはなかったのであるが、そのどちらもある現代においては、いったい全体どうすべきか・・・親なら、悩みに悩むだろうなと思うところである。



(参 考) ちなみにこのガンダムくん、正式の完成披露は7月11日で、頭が動いたり、あちこちが光ったり、煙ならぬ霧を噴き出すそうな。

(2009年6月13日記)
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